いつでも元気

2012年2月1日

元気スペシャル ウォール街発、“99%”の反撃 変革の火打ち石となるか 文・薄井雅子(在米ジャーナリスト)

“大企業からこの国を取り戻せ

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「我々は99%」の横断幕を掲げて銀行前で抗議行動をする人々(撮影:円道正実)

 昨年九月半ば、米国金融業を象徴するウォール街の一角で、数十人の若者が泊まりこみを始めました。金融機関の非道な荒稼ぎへの抗議をこめたこの「ウォール街占拠」運動は、またたく間に全米各地に広がりました。
 彼らは「私たちは九九%」というスローガンを掲げ、「一%の繁栄」で「九九%が貧困」となる超格差社会を告発し、「九九%」が団結しようと呼びかけてい ます。主要メディアはこの運動を無視し、共和党議員は「暴徒連中だ」と罵声をあびせました。しかし、大企業の横暴ぶりに怒りを燃やした勤労市民や、全米看 護師組合などの労働組合、平和のための帰還兵の会などの組織の合流と支援をうけて裾野を広げました。
 「こういう運動を待っていたのよ!」。カリフォルニア州サンフランシスコ市の「占拠」テント村で会ったケリー・ジョンソンさん(42・自営業)は、はつ らつとしていました。ここは、観光客や市民でにぎわうフェリー・ビル近くの公園です。学生や失業中の若者、退役軍人、市民らがテントを張って住みこんでい ます。テントの数は四〇~五〇にのぼるでしょうか。「大企業からこの国を取り戻せ」「持続可能な社会を」などの手描きポスターがあちこちに掲げられていま す。
 ジョンソンさんは、イラク戦争の無法さに目覚めて平和活動に参加、オバマ大統領の選挙応援も経験しました。しかし、大企業に妥協を繰り返すオバマ政権を 見て、「私たち庶民の運動がなければ大統領は何もできない。何かしなければ」と思っていたそうです。彼女は「この運動の一員となることで自分の生活も変え たい。一六歳の息子の将来も明るくしたい」と、一〇〇キロも離れた町からやってきました。

投機の暴走と強欲に抗議

 この間のウォール街の暴走ぶりとスーパーリッチの強欲ぶりには、あいた口がふさがりません。貸 し倒れの可能性の高い住宅ローンまで債権として商品化、投機の対象として売り出して稼げるだけ稼ぐというマネーゲーム――。投資銀行ばかりでなく、庶民の ローンをあつかう一般の商業銀行もこぞって、目先の利益を上げることに血道をあげました。それが二〇〇六年の住宅価格の下落で一気にこげついて金融危機に 陥り、大手投資銀行の破たんが相次ぎます。
 しかし、大銀行などは「大きすぎてつぶせない」(オバマ大統領)と、米国民の税金から救済資金を受けて生き延びました。その後、国民に助けてもらったは ずの銀行の最高経営者たちは、前年よりも多い数十億円(!)という巨額の報酬をもらったのです。
 「そんなことがあっていいのかい? 彼らは犯罪者じゃないのか?」。そういうケン(36)は、以前クレジットカード会社に勤めていたのですが、あこぎな 金もうけに怒りを感じて辞めました。彼はいまも失業中で、「占拠」テント村の一員となり、「大企業の論理に振り回されない生き方」を模索中です。
 一一月五日、サンフランシスコ「占拠運動」恒例の「金融街めぐりデモ」に参加しました。一般市民や高齢者もまじって和やかな雰囲気です。一〇〇〇人近く にふくれあがったデモ隊は、金融街の目ぬき通り、マーケットストリートを埋めました。目的地は、ウェルズ・ファーゴ銀行本店。同行は二兆円を超す「救済 金」をもらい、最高責任者は二〇億円近い報酬を受けたというのだから驚きです。私もデモに加わって「金持ちこそ税金を払え!」と叫んでしまいました。

統計にも“格差”はっきり

 金融街のマネーゲームとその破たんが「急病」だとすれば、ますます広がる所得格差は米国の「慢性病」といえるかもしれません。ここで進んでいるのは、「中流」階層の貧困層への転落です。
 九月一三日に米国政府統計局が発表した数字は、背筋を冷たくするものでした。国民所得(中間値)は二〇〇〇年以来の一〇年間で七%もダウン。貧困ライン (年収およそ一七三万円)以下の生活を強いられる人々は、一五%を超える四六〇〇万人となりました。そして「中流」階層から貧困層へと滑り落ちていくス ピードは、統計をとりはじめて以来の速さとなったそうです。とくにアフリカンアメリカン(黒人)の人々の二七・四%が貧困ライン以下というのですから、 ショッキングというほかありません。
 その一方、トップレベル(人口の〇・一%)の所得増を一九七九年から二〇〇五年まででみると、なんと四〇〇%にのぼるという報告もあります。
 こうした苛烈な所得格差をうみだしている原因は何か、なぜ庶民の暮らしはよくならないのか――。これが米国の経済・社会に横たわる根本的な問題のひとつです。
 実は、オバマ政権が誕生してすぐ、「政府は国民の暮らしに口を出すな」「規制よりも自由を」などと主張する「ティーパーティー」運動が活発になりまし た。これらの主張は米国建国時代の新興資本家の要求から出発したものですが、「企業が栄えれば景気もよくなり仕事も増える」といった財界のキャンペーンに 利用されています。華々しくメディアにもとりあげられ、国民の不安や不満のひとつのはけ口となりました。
 しかし、雇用は増えず、財政赤字を理由にした教育・福祉予算切り捨てなどの影響が深刻となり、この運動の説得力は失われています。

民衆の不満を語りあう場に

語りあい、共通の基盤を

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日曜日のデモにはさまざまな人々が参加した(撮影:円道正実)

 サンフランシスコ市から電車でオークランド市に移動。翌日、市庁舎前広場の「占拠」テント村を 訪ねました。ここには多くのアフリカンアメリカンの人々が参加しています。テントの中にいたジェローム・ヒルさん(26・退役軍人)もその一人。泊まりこ んで四週間ほどだそうです。「軍に入ったのは、ほかの選択肢がなかったからだ。政府のいうことを信じてイラク戦争に行ったが、やってはいけない戦争なんだ とわかったよ」といいます。
 「おれたちは不満でいっぱいだ。だけど、その不満がどこからきているのか、政治がどうなっているのか、よくわからない。いま必要なのは、おれたち民衆が わかりあい、語りあって、共通の基盤をつくることじゃないかと思う。オバマ大統領も行き詰まっているみたいだし、彼に『ここに来てみろよ』といいたいね」
 ヒルさんは友人とトラック運送のアルバイトをしているそうですが、「このテントから出勤するんだ」と笑っていました。
 訪ねたのが日曜とあって、テント村の周囲に人々が集まってきます。泊まりこみはできないものの、なんらかの支援をしたいという人々です。三人の子どもを 連れてやってきたタルマイ・ガスキンさん(32・建設業)は、「カリフォルニア大学の職員だったが、二年前に解雇された。いまはなんとか建設関係で働いて いるよ。この運動を支持している」と。「みんながいろいろな要求をもって集まっているからいい」という黒人男性もいました。

怒りの火を絶やさず

 自然発生的に始まったといえるウォール街「占拠」運動ですが、米国民を啓発し、米国社会の根本的な問題のありかを提起するという、歴史的な役割を果たしていることは間違いありません。大銀行の法外なカード手数料を撤回させたという具体的な実績もあげました。
 しかし、この運動がどう発展していくのか、課題も多いと感じました。たとえば都市部で一定の場所の「占拠」にこだわり、市当局や警察との「攻防」に集中していくことで、一般市民とのつながりが薄れていくことです。
 一二月七日早朝には、サンフランシスコ警察隊が「占拠」テントを撤去。運動参加者は非暴力で対応しましたが、およそ一五〇人が逮捕されました。
 運動にとって最大のハードルは、財界とのつながりのある二大政党が支配するもとで、真に民衆の声を代表する政党がないことだと私は見ます。国民の怒りの 火を絶やさずに燃やし続け、変革の長い道のりを照らす政治運動の生成と発展のためにも、この「占拠」運動が「火打ち石」となることを期待しています。

いつでも元気 2012.2 No.244

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