特集2 動悸を感じたら 併発する症状によっては治療が必要なことも
多くの場合は、あわてなくても大丈夫
田中真一 新潟・新潟勤労者医療協会 下越病院(循環器内科) |
どんな動悸ですか?
動悸を経験したことのある人は多いのではないでしょうか?
医師になって10数年、診療を続けるなかで、どうやら動悸は1種類ではないことに気がついてきました。
動悸を擬態語で表現するとすれば、以下のような3種類に分類できると思います。
(1)ドキドキ
(2)ドカンドカン
(3)ンッ
(1)は心拍が速い印象、(2)は鼓動が大きい印象、(3)は一瞬胸が詰まる(脈が飛ぶ)ような印象の動悸です。
(2)は、患者さんが自覚する症状とは反対に、重大な心臓病が原因となっている可能性は、まずありません。(3)は不整脈で生じる動悸の一種で、やはり 大きな問題はないことが多いのです。(1)は、(2)(3)に比べて治療が必要な病気が潜んでいることが多いように思われます。
(1)~(3)の分類は、動悸の原因が何であるかを診断する入口にすぎませんが、私は患者さんに「どんな動悸ですか?」と問いかけて、「動悸」の診療をスタートし、おおよその目星をつけていきます。
精神的なものが原因の症状
「ドカンドカン」と、鼓動が大きく感じる患者さんにお話を聞くと、よくある訴えは、「夜間」 「静かな場所で」「一人で居るとき」「苦手な場所や場面に居るとき」「興奮・緊張したとき」に動悸がするといったものです。つまり、心理的・精神的に繊細 な場面や状況にいることで、普通に打っているはずの心臓の鼓動を「大きく感じさせてしまう」という精神作用が正体のようです。
これは同時に、内臓の病気が原因ではないことも意味します。かといって、精神病ともいえるほどではなく、繊細な精神状態であれば誰にでもあり得る、自然な現象の一つだと思います。
「胸が詰まる」「脈が飛ぶ」
「ンッ」という胸が詰まる感じも、非常によくある動悸の種類です。私はこの症状をお聞きした時 点で「“期外収縮”という不整脈の一種です」とほぼ断定して患者さんにお話しします。念のため、心電図をとり、聴診器で心臓の音を確認していますが、これ 以外が原因だった経験はありません。
“期外収縮”とは、簡単にいえば本来一定のリズム(例えば1秒間隔)で心臓が規則的に打っているときに、いたずらのように、やや早めに(1秒を待たず に。たとえば0・6秒で)一発「ポンッ」と脈を打つことをいいます。実は、この期外収縮自体を鼓動として感じることは少ないようです。では何を「ンッ」と 感じるかというと、期外収縮が一発現われた後は、次の本来の心拍が出るまで若干休みが入り(つまりこの場合1秒以上の休みが入る)、この休みの部分が人に はどうも「ンッ」と詰まる、または脈が飛ぶような感覚をあたえるようです。
多くの人がもつ“期外収縮”
ここでぜひお伝えしたいことは、この期外収縮は、多くの人が多少なりとも持っている不整脈であ り、ふだん気づかないでいることが多い、ということです。それを動悸として感じるか感じないかの違いであり、(1)症状が気になって仕方ないとき、(2) かなり頻発して心臓が疲弊すると予想されるときに限って、薬を飲むなどの治療が必要となります。外来診療の中で、最も遭遇する動悸の原因の一つです。
ドキドキは要注意
「ドキドキ」は注意が必要です。しかし、重症の病気が多いということではなく、「時に、治療を 要することがある」という程度です。また、似たような症状を持つ別の病気も多いため、治療の際にはさらなる診断が必要になります。その場合「どんな病気な のか?」を判別する前に、まず「治療の必要度(重症度)はどのくらいか?」という診断が必要です。
そのためには、(1)どのくらい続くのか、(2)ほかにどのような症状をともなうのかという、2つの点を把握することからはじめます。ごく単純に“数 秒”でおさまるなら、ひとまず落ち着いて経過をみます。“数分”程度続くようであれば警戒し、“数時間以上”続くようであれば、何らかの治療が必要になる 可能性を考えます。
また、「ドキドキ」にともなう症状として「ふらつき・めまい」「息苦しさ・息切れ」「胸の痛み」「失神(一時的に意識を失うこと)」がある場合も、まず治療が必要になるといえるでしょう。
症状が起こる時間帯も、診断には重要です。安静時に起きるのか、動いた時や動いている時(労作時といいます)に起きるのか、昼間か夜間かなども患者さん から聞きとりながら、必要な検査(心電図・血液検査・レントゲン検査等)をおこない、確定診断につなげています。
不整脈が原因の動悸
さてここで、動悸の原因になる病気をできる限り挙げ、それぞれの症状を紹介していきたいと思います。まず、不整脈からお話ししましょう。
動悸と聞いて、みなさんが最も想像しやすい病気が「不整脈」ではないでしょうか。
脈が速くなるタイプの不整脈(代表的な病名は「発作性上室性頻拍」)では、発作が起こると1分間に140~150回も脈打つことが多いのです。ちなみ に、正常といわれる心拍数は目安として1分間に50~90ですから、相当脈拍数が多いということになります。ただ、突発的に心拍が速くなっても、ふらつい たり、失神したりしない限りは、ひどくあわてなくても大丈夫です。
なかなか止まらなかったり、頻繁に起こる場合には治療が必要になります。
ちなみに、このタイプの不整脈は息を止めてこらえたり、上まぶたをギュッと押したりすると、発作が止まることがあります。
そのほか、代表的な不整脈のひとつである「発作性心房細動」は、血液を全身に送り出すポンプの役割を果たす心房という部屋に異常が起こる、不整脈の発作 です。文字通り、脈と脈の間隔が不規則となり、しかも脈拍数が多いことが多く、ドキドキの原因となります。
心房細動の原因は、長期間にわたる高血圧が最も多いようです。高血圧の原因はストレス・飲酒過多・運動不足・睡眠不足…といったものが代表的です。発作 に対してのみならず、心不全・脳梗塞の原因ともなりえるため、長期的な治療や配慮、生活習慣の改善が必要となります。
不整脈以外の心疾患も原因に
動悸の原因になる心臓の病気は不整脈だけではありません。
不整脈による動悸より、むしろ不整脈でない心臓の病気が原因の動悸のほうが多いことを知っておいてください。そのため、動悸の診断には心電図以外の検査 も必要となることが多いのです。とくに胸の痛みがともなう場合は、「急性心筋梗塞(あるいは狭心症)」の可能性もあり、これは死に至る代表的な病気ですか ら「あわてたほうがよい」、リスクの高い動悸ということになります。
また、動悸とともに、呼吸困難もしくはふらつき、あるいは両方をともなう場合は、「肺塞栓症(肺の血管が詰まる病気。エコノミークラス症候群)」の可能 性もあります。これも、致命的になりかねない病気であり、緊急の治療を要することがあります。
貧血による動悸
貧血とは、血液の主体である赤血球が不足している状態のことで、脳の血液が一時的に不足する脳貧血(いわゆる立ちくらみ)のことではありません。
貧血の原因はさまざまですが、急に貧血状態になった時は「動悸」「息切れ」「めまい」などの症状が現れやすいと言えます。
ホルモン異常による動悸
いわゆる更年期障害も、動悸の原因になります。
代表的なものが甲状腺機能亢進症(甲状腺ホルモンが過剰に分泌される、バセドウ病など)です。バセドウ病は、卵巣ホルモンの分泌量が少なくなることで起き、中年女性に多いようです。
「更年期障害による動悸だから、改善しないだろうとあきらめていたところ、バセドウ病であると判明。内服をはじめとする治療によって、動悸を含めた症状 が明らかに改善した」ということはよくあります。バセドウ病が原因で起こる動悸は、手の震え・体重減少・発汗多量・頻回の便・疲れやすくなる、などの症状 をともないます。
肺の病気にともなう動悸
これは私の経験上、「急性の肺の病気よりも、慢性の肺の病気が進行するにつれて徐々に動悸も現れてきた」というタイプが多いようです。「少し激しく体を動 かしたりすると息切れを起こす」ということがありますが、この息切れにともなって次第に動悸が起こることがあります。慢性の肺気腫(酸素をとりこむ肺胞が 破壊される病気)が代表的な病名です。
検査でも異常ない場合は
心電図では不整脈でも心臓の病気でもない、血液検査をしても貧血でもバセドウ病でもない、胸部 レントゲンや呼吸機能を調べても肺の病気は見つからない。それでも動悸が感じられることがあります。これは先にも少しお話ししましたが、結論的にはいわゆ る「精神的ストレス」によるものとしか説明できないケースで、実はこのタイプの動悸はかなり多いのです。
この場合、私のような循環器内科医としては、検査の結果から心臓の病気ではないことをお話しして、患者さんに安心していただくことが目標となります。こ れだけでも患者さんはホッとして、しばらく動悸が出なくなることがしばしばあります。
その他の動悸
その他にも「蜂に刺される」「薬の副作用による急性の重症アレルギー症状」「ぜんそく発作」「食中毒」「熱中症などによるひどい脱水」「急性アルコール中毒」なども動悸の原因になることがあります。動悸の原因は、実にさまざまなのです。
自己判断せずに受診を
最後に「動悸」について次の4点のことをお伝えしたいと思います。
(1)大半は、致死的な病気である可能性は低い。
(2)動悸にともなう症状(ふらつき・めまいは血圧低下、息切れ・呼吸困難は呼吸不全を意味する)があるときは、重症と考えられる。
(3)動悸が起こったとき、冷静になることも重要。
(4)動悸が即時に起こり、症状がひどい場合は、救急車を呼ぶこと。決して大げさなことではない。
気になる症状がある方は自己判断せず、まずは内科を受診しましょう。
皆様の健康維持に、私のお話が少しでもお役に立つことを願っています。
イラスト・井上ひいろ
いつでも元気 2011.10 No.240