いつでも元気

2008年7月1日

特集1  国保証なく、手遅れ死 …犠牲者、もう出さないで!

 六月、国民健康保険に加入している世帯に保険料通知が届く。「払える額だろうか」そんな不安を持つのがおかしくない保険に、いま や国保はなっている。深刻なのは、保険料が払えなければ、保険証がとりあげられるという罰則があることだ。昨年に続き全日本民医連がおこなった「〇七年国 保死亡事例調査」では、保険証がないために病院にかかれず、手遅れで亡くなった人が年間三一人いたことがわかっている。
 このような実態に対し「保険料を払える額に」と運動し、引き下げを実現した自治体も。京都市で取材した。
木下直子記者

「お金の心配は後で」聞いたとたん武さんは倒れこんだ

「悔しい…」と妻は

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慶子さんと話す職員の三島桃子さん(医事課)。同院には毎月、20~30人の短期証の方が来る

 京都民医連第二中央病院に長谷川武さん(56)がやってきたのは〇七年の三月一五日のことだった。腹部に異常があり、自分で触れても内臓の腫れがわかるほどだったが、受付で真っ先に口にしたのは保険証のことだった。
 「保険証がない、自費で払うから」
 「お金や保険のことはあとでいい、とにかく診察を」と病院が応じると、安心したのか倒れこんでしまった。診察後、ソーシャルワーカーが事情をきこうとした時には、口もきけない状態になっていた。
 診察・検査の結果、胃がんが他の臓器に転移した末期がんの状態だった。「よくこんなになるまで我慢できた」と、担当した医師が驚くほどだった。
長谷川さんは土木作業の仕事をしていたが、〇七年明けから働けないほど体調が悪くなり、妻の貯金を切り崩しながら家で寝ていた。受診した日からわずか二カ月後、五月二三日に亡くなった。
 妻の慶子さんは、いまもつらくて当時の看護メモを読み返すことができない。しかし、わたしたちと同じような目にあう人を出したくないから、と何度も声を詰まらせながら話してくれた。
 収入は日給月給のため「あるときは月数十万円、ないときは小銭も入らない」という不安定なもの。国民健康保険への加入ははじめからあきらめていた。
 その一年ほど前、武さんは胃に不調があって、他院で検査を受けたことがあった。 なにか(腫瘍が)あるといわれたが、漢方薬を飲んでいた。
 年明けからみるみる食欲が落ち、がっちりしていた体が痩せ、仕事にも行けず横になってばかりいるようになった。機嫌も悪かった。「固形物が食べられな い」と、慶子さんがつくる野菜ジュースを飲んでいた。「病院に行ってほしい」といくらいってもきかないので、手紙を書いて、見えるところにおいた。それで ようやく通院できそうな場所にあった京都民医連第二中央病院に、武さんは足を向けた。
 あれだけ行くのを嫌がった病院だったが、ソーシャルワーカーの支援で生活保護を受け、治療が保障されることになると武さんは「どんな辛い治療でも受ける」と医師に訴えた。しかし診断は、余命三カ月だった。
 「やっぱりお金でした。本人は、治療費が心配で、病院に行かなかったんですわ」慶子さんは振り返る。
普段の武さんは、妻の体を気遣い、義理の母の世話もよくする優しい人だった。職場の同僚たちにも信頼されていた。「あっという間にいなくなってしまった。 どんなにかしんどかったやろ」亡くなるころには体重は四十数キロにまでおちていた。

「31人が手遅れ死」民医連調査

 武さんは全日本民医連が報告した二〇〇七年の国保死亡事例三一人のうちのお一人だ。異常を指摘された時に治療できていれば、と思う悔しいケースだった。
 残る三〇の死亡事例も同様である。
 ある自営業者は不況で従業員に給与が払えず廃業、アパート代もなく工場に住んでいた。別の自営業者は、障害者の弟を扶養し、年金を担保に借金し営業資金 にしていた。借金の返済には母親の年金をあて、その残金で生活していたところ、母親と本人が病気になった。やはり保険には入れていなかったので、手遅れに なった。また、三〇代が二人もいる。両者とも寝たきりになってようやく、知人や家族に連れられ受診している。
 死因の内訳は悪性腫瘍が一四件で約半数、どの人も手遅れの状態であった。病気の管理さえできていれば、明らかに死なずにすんだ人もいる(資料)。
 また最近、全国の救急病院に同様の調査をしたNHKは、この二年間で国保の手遅れ死亡が少なくとも四七五人あったと衝撃的な報道をしている。

 武さんが亡くなってほどなく、同院を下腹部の痛みと貧血で耐えらないと訴える四〇代男性が受診している。大手運送会社の下請けで、給与は運んだ荷物の個 数による出来高払い、七時三〇分から二二時三〇分まで働いても月収一二万円。国保料が払えず保険証が切れていた。入院が必要で働けるような状態ではなかっ たが、その後も一カ月近く働き続け、治療にも来られない、ということが続いた。病院の説得で入院を決め、区役所に保険料五〇〇〇円を納めてようやく短期の 保険証を手にした。
 入院治療のために郷里に戻ったが、記者が取材に入った数日前、亡くなったと知らせがあったという。やはり手遅れで重篤になり、命が救えなかったケースだ。

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↑働いても保険料が払えず、資格書が発行されていたり無保険の人もいた。無職12人のうち、70代以上は3人。生活のため、貯金を使い果たしていた。

 

なぜこんなことが

 国保は年金生活者や自営業者、無職者などが加入する公的医療保険だ。国民の四割が加入している。もともと加入世帯の平均収入は低かったが、拡大する貧困を反映して最近さらに下がっている。逆に保険料は上がり続けてきた(図1)。他の保険と比べると、収入に占める保険料負担も格段に重い。
 国保料を滞納している世帯は、加入者の約二割にあたる四七四・六万世帯。そして、この滞納者への制裁措置=国保証のとりあげ(別掲)が手遅れ死亡につな がっている。〇七年六月一日現在、短期証は一一五・六万世帯、資格書は三四万世帯に発行されている(図2)。
 保険料を滞納する人の多くが生活もままならず、医療費の支払いも困難な場合が多い。ましてやいったん全額自己負担をしなければならないとなると、不調が あっても簡単には医療機関に近づけない。実際に「資格書の人が医療機関にかかる確率(受診率)は著しく低く、正規の国保証を持つ人の受診率と比べて最大二 〇〇分の一にとどまっている」という調査(全国保険医団体連合会)もある。
 滞納者への制裁はさらに強まる傾向にある。厚労省の担当官は「収納率向上に効果がある」と、自動車をタイヤロックして使えなくしたり、公営住宅への入居制限などを自治体に推奨する。
 「国保は支え合い。参加しない人は対象外、サービスを受けられないのは当然」という。しかし、そのような文言は国保法にはひとこともない。国保はもとも と「医療が受けられない人が出ないように」という発想からできた社会保障だ。

図1 国保世帯の所得は下がって保険料は2倍
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図2 滞納世帯数と、資格書・短期証の推移
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自治体にもペナルティ

 政府は滞納率の高い自治体に対しても補助金を五~二〇%削減する制裁をおこなっている。たとえば〇六年度、もっとも重い二〇%の削減にあったのは二市で、あわせて三・四億円。全体では八三九の保険者(市町村)が補助金を減額され、総額三〇九億円にも及んだ。
 自治体の国保財政はますます苦しくなる。財政が厳しい→保険料値上げ→滞納の増加→国の補助金カット→さらに財政が厳しくなる、という悪循環だ。
 貧しい人ほど健康を損ない、寿命が短くなる構造が、上からつくられているとしか思えない。

国は責任を…民医連「再生プラン」

 国保の財政が厳しくなったおおもとにあるのは、国庫補助の削減だ。八四年まで四五%だったものを、三八・五%に引き下げた。
 全日本民医連は、この国民健康保険の問題に対し、このほど発表した「医療・介護再生プラン(案)」の中で別項のような改善を提言。「国民皆保険制度」の崩壊をくいとめようと、呼びかけている。

低所得者中心に22万世帯に朗報

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署名を提出する京都の人たち。18万2085筆が市政を動かした(写真提供:京都・中右京健康友の会)

 京都市はこの春、保険料の引き下げを発表した。注目すべきは低所得者や多人数世帯の負担を軽減させる調整がされたことだ。二二万人・加入者の九六%が対象に。市民の運動が引き出した成果だ。
「すべての人に医療を受ける権利があります。国保料をだれもが払える額に引き下げて」と訴え、一八万筆を超える請願署名を集めた。
民医連の仲間は、医療現場で間近にした事例を共有しながら運動に参加した。乳児をかかえた家庭に資格書が発行されていたこと、小児診療所の患者の五%が短 期証の患者さんであること、手遅れ事例を出したくない、という思い。看護師が夜勤明けで自宅周辺に署名つきハガキを配るなど、個々のがんばりも大きく、四 万七〇〇〇を超す署名を集めた。
国保の問題は二月の京都市長選挙の争点にもなった。候補者で唯一人、国保料の引き下げを公約にした中村和雄氏が、当選者に九五一票差までに迫った。
その結果が、保険料引き下げにつながった。請願への答申には「国庫補助金の大幅な増額を強く要求すべき」「一般会計繰入金の確保に最大限努力すべき」の付帯意見もついた。要求がほぼ、聞き届けられた形だ。
「画期的です。たたかえば、変えられるんやと実感する経験でした」と、京都民医連の岸本啓介事務局長は語った。

(国保証とりあげ)
正規の保険証の代わりに有効期限の短い「短期証」か「資格書」が発行される。資格書での受診の場合、いったん医療費全額(10割)を窓口で支払い、役所で 7割分が還付される、というしくみ。しかし実際は資格書の人には保険料の滞納があるため、還付分を滞納の返済にまわされ、本人に戻らない場合も多い。とり あげが始まった1987年、初の手遅れ死亡が出て、「国保が人を殺す」という言葉も生まれた。国保法改悪(97年)で、1年以上の滞納世帯に資格書発行す ることが2000年から自治体に「義務づけ」られた。

民医連「再生プラン」は国保改善をこう呼びかけています

  1. genki201_02_07現在の国民健康保険の保険料は、健康保険の保険料の2倍になっており、直ちに被保険者の保険料を50%削減する。そのためにこれまで削減してきた国の負担を45%に戻すこと。
  2. 保険料の徴収は、応益負担を中止し、原則応能負担とし、年収200万円以下の世帯の保険料徴収を軽減、免除すること。
  3. 国は、保険料の未納のペナルティとしての短期保険証、資格証明書の発行を制度としてとりやめ、実施を自治体に中止させること。
 

いつでも元気 2008.7 No.201

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