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いつでも元気

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映画「あなたのおみとり」

聞き手・八田 大輔(編集部)

 ドキュメンタリー映画「あなたのおみとり」が、9月から全国順次公開される。(公開予定などの詳細はホームページから)
 父親の最期の日々を見つめた、村上浩康監督に話を聞いた。

 「お父さん、うちに帰りたいって」。映画の冒頭、宮城県仙台市に暮らす村上幸子さんは、東京に住む息子に電話でそう伝えた―。
 夫の壮さんに胆管がんが見つかったのは2019年。すぐに手術を受け、完治はしなかったが症状は軽快、自宅で療養していた。しかし、2023年にがんが再発。入院するも、治療はすでに困難だった。
 終末期をどこで迎えるのか。壮さんが選択したのは住み慣れた我が家。幸子さんは夫の思いを汲み、自宅介護を決意する。夫婦で過ごす最後の42日間の始まりだった。
 数々のドキュメンタリー映画を手がけた村上浩康監督は、息子として、撮影者として看取りの日々を見つめる。そのカメラが捉えたのは、老老介護の実情、人と人との結びつき、母のユーモラスな一面、そして、ありのままの〝生と死〟だった。

看取りから見えたもの

 『東京干潟』(2019)、『たまねこ、たまびと』(2022)など、生き物や市井の人々を丁寧に描いてきた村上監督。自分や家族を題材にすることには否定的だったが、今回あえて両親に焦点を当てたのには理由がある。
 「父が体調を崩してから、頻繁に東京と仙台を行き来して母の手助けをしました。時には介護を巡って母と口論になり、お互いにストレスがたまる。どうすれば前向きに母をサポートできるか考えた時、撮影してみたらどうだろうかと思いついたんです。撮り始めるとカメラを通して見るせいか、何が起きても受け止められる余裕が生まれました」。
 映画にするつもりもなく始まった撮影。だがカメラを回すうち、〝映画になる〟と確信する。
 「そう思った理由は二つ。一つは、高齢化社会や老老介護など、看取りを通して日本の現実が見えてくるだろうということ。もう一つは、一人の人間の〝死の過程〟を記録する意義。多くの人が病院や施設で亡くなる現代では、生活と死はかけ離れている。父がひとつのサンプルとなり、死や看取りを考えるきっかけになるのではと思いました」。

母が映画の中心に

 死の過程を追いながら、カメラは夫婦の穏やかな日々も映し出す。幸子さんの少々大胆な食事介助。病床の夫への過去の恨み言。家族だからこそ撮影できた、気取らない日常の姿だ。
 「改めて向き合ってみたら、『母親ってこんなに面白かったのか』と。父の最期を記録するつもりが、いつのまにか母が映画の中心になっていきました」。幸子さんの飾らない言動に、試写会では笑い声も起こった。
 「嬉しい反応でした。母にそのことを伝えたら『まじめに介護してたのに!』って憤慨してましたけどね(笑)」。
濃密な別れの時間
 映画の終盤、死の間際を迎えた壮さんの枕元で、幸子さんは「一年生になったら」などの童謡を歌って聞かせる。小学校教員だった壮さんと、児童福祉施設職員だった幸子さんの思い出の曲だ。
 「亡くなる直前まで耳は聞こえているといいます。母の歌声は父に届いたはずです」。まもなく壮さんは静かに息を引き取り、本人の希望で海洋葬が行われた。
 撮影を終えた村上監督は、「一月半ほどの短い期間ですが、在宅ならではの濃密な別れの時間を過ごした。そのせいか、不思議と悲しくならなかった」と振り返る。
 幸子さんも同じ思いだったのだろうか。散骨の際、晴れやかな表情で夫に別れを告げた。

ヘルパーがいなくては

 在宅看取りには多くの職種が関わる。なかでも、ヘルパーの果たす役割は重要だ。
 「オムツ交換や口腔ケアなど肉体的な接触も一番多く、精神的な支援もしてくれました。母もすごく頼りにしていて、ヘルパーさんがいなくては、在宅で看取ることはできなかった。今年4月に行われた訪問介護報酬の引き下げは大きな間違い。むしろ待遇を良くするべきです」と村上監督。
 全産業平均賃金と比べて月額約7万円も低い介護職員の給与。介護の人手不足に歯止めがかからず、訪問介護事業所の閉鎖も相次ぐ。10年後、「自宅で最期まで」の願いは叶えられるのだろうか。
 家族が、そして「あなた」が望む「おみとり」とは。この映画を見て、考えてみてほしい。


【村上浩康(むらかみ・ひろやす)】
1966年、宮城県仙台市生まれ。
2012年『流 ながれ』で文部科学大臣賞。2019年『東京干潟』『蟹の惑星』で新藤兼人賞金賞、文化庁優秀記録映画賞など。

いつでも元気 2024.9 No.394