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いつでも元気

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元気スペシャル 薬害肝炎訴訟 福岡・大阪で和解成立

「一律救済」の団結が政治動かした

 血液製剤が原因でC型肝炎に感染した患者らが国と製薬企業を相手取った薬害肝炎訴訟。二月四日、大阪・福岡高裁で、原告と国の間に初の和解が成立しました。ことし一月一一日には薬害肝炎救済法が誕生。原告、弁護団、支援者の運動が、政治を動かしました。

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記者会見で笑顔を見せる九州訴訟の原告。左2人目から福田衣里子さん、出田妙子さん、山口美智子さん、小林邦丘さん

 二月四日、福岡高裁前には二〇〇人をこえる支援者がつめかけました。
 薬害肝炎訴訟の全国原告団代表・山口美智子さん(51)は、「五年間ここまで来られたのはみなさんのおかげです。本当にささえられてきました」と。
 九州訴訟原告の福田衣里子さん(27)も「支援者の存在は大きかった。かわらずに毎回裁判に応援に来てくれた。原告だけではがんばれなかった」と話します。
 和解後の記者会見では、時折涙ぐみながら笑顔を見せる原告の姿も。
 しかし失われた命や時間は戻ってきません。「元の体に戻してほしい」といい残し、すでになくなった被害者もいます。
 肝炎ウイルスを排除する唯一の治療法はインターフェロン療法ですが、強い副作用があります。治療期間は半年~一年と長く、治療後もウイルスが検出されなくなるとは限りません。
 山口さんも発熱や脱毛などの副作用に苦しみ、「生涯の仕事」と決めた小学校教諭をやめざるをえませんでした。
 福田さんも二〇歳で感染がわかり、治療の日々が続きました。かきむしりたくなる全身のかゆみや、発熱、脱毛、喉の渇き、体力の低下。
 「治療はつらかった。ただ時間が過ぎていくようでした。他の二〇代の人たちは楽しんでいる。『まだこれからなのに』という気持ちでした」
 「肝炎に人生を狂わされた」―これが、原告の共通の思いです。

肝炎広げた「止血剤」

 薬害肝炎を広げたのは、一九六九年~九四年ごろまで出産や手術の際に「止血剤」として使われたフィブリノゲン、クリスマシンなどの血液製剤でした。
 民医連は医療機関の責任として、カルテや手術の台帳などを調べ、血液製剤の使用履歴を点検。使用した病院はその事実を公表し、待合室の掲示や院所の機関 紙などでウイルス検査を呼びかけました。被告となった製薬企業・旧ミドリ十字(現田辺三菱製薬)と日本製薬に対する不買運動もとりくみました。
 猿渡圭一郎さん(45)も訴訟を支援してきた一人。福岡・米の山病院の薬剤師です。
 二〇〇二年、法律事務所でおこなった電話相談に参加したときのこと。九時から一六時まで電話は鳴りっぱなし。なかでも忘れられないのが「C型肝炎だと知られ、板前をやめさせられた」という話。
 「C型肝炎ウイルスは、感染力が弱く血液を介してしか感染しないのに」。偏見の大きさに驚きました。
 一方で、支援には葛藤もありました。「自分は薬剤師。『加害者側』という後ろめたさがあった」。米の山病院でもフィブリノゲンが納入された実績がありました。調査の結果、投与の事実は確認できていませんが、「自分は加害者側」という意識が頭を離れませんでした。

350万人全 員が救済される日まで

これは薬害だと確信して

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薬害肝炎訴訟では、学生など青年の支援も力に(福岡高裁前)

 猿渡さんは学習会や裁判の傍聴などに出かけるなかで、C型肝炎は国と製薬会社の責任だとの確信 を深めます。B型肝炎もふくめ、肝炎患者の多くは予防接種の注射器・針の使いまわしなど、不適切な医療行為が原因だと知りました。B型・C型肝炎患者は、 あわせて三五〇万人いるともいわれています。
 「米の山病院は、高齢の患者の多くがC型肝炎ウイルスの感染者」と猿渡さん。C型肝炎は日常よく見られる病気で当たり前になっていて、救済の対象だと思っていなかったといいます。
 猿渡さんは血液製剤は十分に効果が実証されないまま国が認可し、原料も数千~数万人分の血液をいっしょにした危険なものだったこと、ウイルスを死滅させ る技術が確立しないまま製薬化され、事前に製薬会社が感染することを認識していたことも知りました。
 猿渡さんは機会あるごとに民医連内でも救済や支援を訴え、原告にも来てもらい、学習会を重ねました。
 地元マスコミにも登場、民医連以外の医療機関からも「うちも血液製剤を使っていた」などの声がかかるようになりました。

「ぜったい負けないで!」

 しかし全国の地裁では、投与時期や使用した血液製剤の種類などで救済する原告を選別する判決が大半。昨年一二月一三日に大阪高裁がしめした和解骨子案も 投与時期で救済する原告を限定するものでした。原告団は首相に一律救済の政治決断を迫りましたが、提示されたのはまたもや投与時期によって患者を線引きす る案でした。
 「『これから最高裁までいくのか。あと何年かかるだろう』と思うと苦しかった」と山口さん。
 それでも原告団は線引きを許さず、たたかいぬきました。原告たちの目標は当初から三五〇万人全員の救済でした。「訴訟で線引きされるくらいなら、肝炎患者の全員救済に結びつくはずがない」
 あくまで一律救済を求める姿は世論を動かしました。福田さんも何度も上京し、街頭でも一律救済を訴えつづけました。
 「日々反応がよくなった」と福田さん。「正しいから、ぜったい負けないで!」と励まされました。

恒久対策へ新たな一歩踏み出す

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九州訴訟原告の小林さん。支援の寄せ書きを手に

 「訴訟は解決しても、身体は治らな企業との和解はまだ成立していません。製薬会社による感染患者リストが厚労省に「眠っていた」問題など国や製薬企業の責任はあいまいにされたまま。
 さらに救済法は薬害被害者が対象で、血液製剤の投与を証明できない人は救済されません。カルテの保管義務は五年。九州肝臓友の会事務局長の木戸義治さん (70)は、「投与の記録が残っていない方がほとんどです」と話します。
 製薬会社でさえ薬害で一万人が感染したと想定。しかし国が救済法で救済されると考えているのは約一〇〇〇人です。
 国と製薬企業は長い間、薬害を放置。八八年にフィブリノゲンで集団感染が発生したときも、厚生省は製薬会社に回収を命じませんでした。一方で、患者には 投与の証拠が求められます。しかも救済法は一時金のみ。肝炎の治療費を補償しつづけるものではありません。
 国は予防接種などの「まわし打ち」も改善せず放置しつづけ、肝炎を国民病になるまで広げた責任もあります。木戸さんは「インターフェロン療法ともなれ ば、三割負担で月八万円前後もかかる。私たちは一時金とまではいいません。月々の治療費を何とかしてほしいのです」と。
 二月末には新たに三七〇〇人の感染者リストを製薬企業と厚労省が放置していたことも発覚。裁判を支援してきたみさき病院の薬剤師、城戸良子さん(25) は「これで終わりにしてはいけない。医療人としてやらなければいけないことがある」と。
 すべての肝炎患者の恒久対策に向け、新たな一歩が踏み出されました。
文・多田重正記者/写真・五味明憲

いつでも元気 2008.4 No.198