民医連新聞

2024年7月16日

「オール地域」「オール民医連」のたたかいで 患者、職員、地域守る経営を

 民医連が事業を継続する上で最重要課題の一つである経営。今、全国の医療機関、そして民医連事業所の経営は危機的状況にあります。全日本民医連はこの危機に「オール地域」でのたたかいの方針を提起。現状と課題、そして求められる運動を特集します。(稲原真一記者)

まったく不十分な診療報酬

 全日本民医連の46期運動方針は、「民医連医科法人の経営は、かつて経験したことのない『経営危機』に直面しています」(第3章第3節)と強調しました。しかし、これは民医連に限らず、医療業界全体の問題です。日本病院協会など3団体が行った2023年度の病院経営定期調査(有効回答1116件)では、病院の医業収益が昨年度よりも悪化し、約7割が赤字であることが明らかに。「このままでは日本の医療が持たなくなる」と強い危機感を示しています。
 経営の基本となる医療の価格、診療報酬は2年に一度改定が行われますが、自公政権の社会保障費削減政策のもとで抑制され続けてきました(図1)。診療報酬の基本方針や医療政策を議論する社会保障審議会には、財務省や民間議員と称する財界の重鎮が加わり、社会保障費を目の敵にして削減を推しすすめています(図2)
 2024年度の診療報改定は、消費者物価指数が2020年から8・1ポイントの上昇という、急速な物価やエネルギー価格の高騰のなかでも、全体でまさかのマイナス改定。本体部分の0・88%のプラス部分も、急激なインフレ環境では実質マイナス改定であり、厳しい経営環境にはまったく見合っていません。
 改定を受けて全日本民医連経営部(以下、経営部)は、5月14日に診療報酬対応交流集会を実施しました。参加者の発言からは、入院の施設基準が変更され、7対1看護などの体制維持が困難な病棟が多数あること、外来では慢性疾患管理に新たな実務が追加され、人手不足の現場で対応に追われることなど、現場の窮状が浮き彫りに。多くの事業所が、改定後の報酬を当てはめると大幅な減収になることも報告されました。

矛盾だらけの処遇改善

 賃上げが社会的な課題となるなか、国は医療機関の賃金のベースアップを24年度2・5%、25年度2%引き上げる目標を掲げています。しかし、24年度の春闘では、他産業で5%を超える賃上げが報じられるなか(7月3日共同通信)、医労連の調査では医療機関での賃上げは約3%(7月2日メディファクス)。ベースアップの実施は大病院を中心とした3割程度で、実施した事業所でも上げ幅は1・5%程度と、国の目標とはかけ離れているのが現実です。
 経営部では4月3日、厚生労働省と今期の診療報酬改定について懇談を実施。水光熱費や食材料費が急騰していること、医療機関の経営状況にまったく見合っていない改定であることを追及しました。またプラス0・88%の大部分は、使途を限定されたイヤーマーク(※)付きであることを指摘。改定のプラス分すべてをベースアップに回しても1・7%程度にしかならず、新設されたベースアップ評価料(※2)は事業所ごとで加算が異なり、対象者も限定され、患者負担にもつながる、現場に分断を持ち込むものと訴えました。
 今回の改定について、報酬改定を具体化する中央社会保険医療協議会のメンバーで、九州大学名誉教授の尾形裕也さんは「本来、労使交渉を通じて、最終的には経営者の経営判断として決定されるべき賃金水準に政府が直接介入することについては(中略)医療機関の経営の自由度を著しく奪うことにつながり、これまで以上に政府の関与が強まることを意味しています」(6月19日メディファクスダイジェスト)と診療報酬改定の変質を危惧します。

解説

※ イヤーマーク
 資金を特定の使途のみに限定すること。今回の診療報酬改定では、診療報酬の一部の点数の使途を賃上げに限定していることを指す。

※2 ベースアップ評価料
 2024年度改定で新設。本評価料による報酬は、対象職員の賃金増加分に用いることとされ、公定価格である診療報酬の基本的な在り方を大きく変質させるもの。対象職員は職種や年齢が限定されるなど、同じ診療行為を行っても算定額が異なり、患者負担にも影響するという矛盾がある。

※3 経常利益率
 売上高に占める経常利益の割合のこと。事業の収益性の高さを測る財務指標。

※4 償却前経常利益
 減価償却費(建物や医療機器などの高額な固定資産の費用を複数年度に分割して計上する費用)を含めない利益のこと。事業活動によってキャッシュが生み出されたかを簡易的に示す。

民医連経営の現状と課題

 民医連医科法人の経営は21年度、22年度はコロナ補助金などで見かけ上の収益は一時上向きましたが、補助金の廃止や患者数の減少などが重なり、23年度決算では経営状況が急速に悪化(図3)。事業の継続に必要な経常利益率(※3)はおおむね5~8%と言われますが、5%に届いていない法人が全体の63%、償却前経常利益(※4)がマイナスという、医療活動そのもので事業の成り立っていない法人も13%ある危機的状況です。
 事業所別にみると病院の赤字が特に大きく、償却前経常利益で赤字の病院が3割。これまで比較的安定していた診療所においても、経常利益率5%未満が5割を超える状況で、ヘルパーステーションや訪問看護、老健施設などでも赤字構造の事業所が増えています。
 経営部部長の塩塚啓史さんは、これまでも医科法人は病院の赤字を診療所などの事業収益で補填(ほてん)する構造が多かったとしながら「今は病院以外でも収益が上がらない状況。予算が成り立たない、必要利益に届かない、中長期計画がないなど、基本的なことが不十分なところが目立つ。一つひとつの事業所で黒字化を追求しなくては未来がない」と警鐘を鳴らします。「特に病院における構造転換は必須の課題。自事業所の実力、地域の現状分析、求められる役割などを俯瞰(ふかん)し、中長期の事業計画を作成するなど、経営トップが危機感を持って責任を果たす必要がある」。

 

医療・介護を守る共同へ

 こうした現状に、全日本民医連理事会は「経営危機を克服し、地域医療を守り抜くために 今こそ『オール地域』で『たたかい』の前進を ~診療報酬の再改定をめざして~」(以下、方針)を発出し、3つのたたかいの目標(別項)を掲げて全国に運動を呼びかけています(第ア―154号)
 方針では、「医療機関・介護事業所の事業と経営のピンチを、多くの関係組織・地域住民・自治体等に知ってもらい、共同の輪を大きく広げるチャンスです」と呼びかけます。今後、全日本民医連では、民医連事業所を中心とした経営困難の実態告発のための全国調査を実施し、広範な人たちに窮状を共有する資料を作成予定です。
 省庁や自治体に向けて診療報酬の再改定などを求める団体署名や、医療関係団体・政党との意見交換、共同組織や地域住民との懇談、新聞や報道機関への情報提供など、「オール地域」に向けた多方面での行動提起をしています。

たたかいの目標

①診療報酬再改定を要求し、2026年度改定に向けた運動につなげる
②医療経営の実態と社会保障削減政策の矛盾と問題点の共通認識を広げ、大きな共同の流れをつくる
③再改定要求とともに、当面の物価高騰に対応した国、自治体による「補助金」などの支援策を実行させる

あらゆる分野と連動を

 方針は「地域医療をどう守るか」という視点で「医師増やせ」署名、ナース・アクション、介護ウエーブなど、あらゆる分野との連動を呼びかけています。
 多団体でとりくむ「医師増員を求める医師・医学生署名」は、医師増員だけでなく診療報酬の増額も求めています。全日本民医連医師部部長の山田秀樹さんは「医師不足に加え、医師の働き方改革の影響で人件費が増えて、これまで以上に経営が圧迫され、地域の救急医療体制の縮小やお産のとりやめなどが起きている」と危機感を強めます。「医師増員と診療報酬の改善がなければ、経営も地域医療も維持できない。このことを国民的な世論にする運動を大きくひろげたい」と語ります。
 全日本民医連副会長で看護委員会担当の川上和美さんは「看護の現場で起きている困難の原因の原因は医療費抑制政策による矛盾」と指摘します。北海道民医連のナース・アクションでは、処遇改善や学費無償化の署名を持って道議会の6会派と懇談。合わせて現場の窮状を伝えたところ、複数の会派が合同で国への意見書を提出、可決されました。川上さんは「声をあげれば社会が変わる。ナース・アクションで培ってきた看護集団の力をあわせ、ケアやケア労働者の価値を高め、職員・現場を守るためにも、『オール地域』でたたかいの前進を」と力を込めます。
 昨年の老人福祉・介護事業の倒産件数は過去2番目、休廃業・解散は過去最多でした。「より良い介護の実現をめざす介護ウエーブは、経営問題・事業継続の課題の克服あってこそ」と訴えるのは介護福祉部部長の平田理さん。「介護報酬改定も引き上げ幅が抑えられ、訪問介護の基本報酬が引き下げられるなど不十分な内容で、直ちに再改定が求められる。背景に社会保障削減政策があるのは共通であり、医療分野と介護分野がともに、『オール地域』でのたたかいを前進させる必要がある」。

人権を守る社会保障に

 塩塚さんは「経営を守ることは患者、職員、地域を守ること、という構えで臨むことが必要」と強調します。制度的な矛盾が多くの医療機関の経営危機を招く今、経営を守るたたかいは、患者や職員の生活はもちろん、地域の社会的共通資本(コモンズ)である医療や介護を守るたたかいそのものです。「職員一人ひとりが、さまざまな分野の学習と合わせて経営についても学び、日常的な業務やつながりのなかで、現状や課題を伝えてほしい。民医連の最大のパートナーである共同組織とも問題意識を共有し、地域でのネットワークや共通の基盤をつくって、人権を守る社会保障拡充のたたかいをすすめよう」と呼びかけます。

(民医連新聞 第1810号 2024年7月15日号)

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