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いつでも元気

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けんこう教室 
がんの「語り」

 患者はがんをどのように経験しているのか―。
 がん患者を支援するNPO法人「キャンサーサポート北海道」は、2015年から「がんの語り手養成講座」を開いています。
 がんの「語り」から見えてくる学びとは?
 同法人の大島寿美子理事長(北星学園大学文学部教授)の寄稿です。

北星学園大学文学部教授 NPO法人「キャンサーサポート北海道」理事長 大島 寿美子

北星学園大学文学部教授
NPO法人「キャンサーサポート北海道」理事長
大島 寿美子

Q:がんの「語り」の活動を始めたきっかけについて教えてください。

A:NPO法人「キャンサーサポート北海道」を2014年に立ち上げて、がん患者やその家族が体験を語り合う場をつくってきました。次第にがんの啓発イベントや講演会で「体験者の話を聞きたい」という相談が寄せられるようになり、「語り手」の養成を始めました。
 患者は自分の身体を通して、がんを体験します。でも、それを他者に分かるように伝えるのは、実はとても難しいことです。事実や気持ちを整理して伝えるのにも、一定の技術や練習が必要です。この語り手の養成を、学術的な知見に基づく方法論で、誰もが学べる教育体系として確立したいと考えました。

Q:がんの「語り」はどのように生み出されるのですか。

A:私たちが実践している「語り」の特徴は、(1)病いの始まりから現在までの体験を〈時間の流れ〉に沿って〈その人自身の言葉〉で語ること、(2)〈事実〉と〈気持ち〉を中心に語ること、の2点です(資料1)
 時間の流れに沿って、事実と気持ちを何の解釈もつけずに記述し、その人が生活や仕事の中で、がんという病気に向き合った経験を「ひとつづきの物語」として語ります。
 具体的には、手元に関係する資料を用意して、病いの体験が始まる前から現在までの経験を「年表」に記入します。年表には「年齢」「出来事」「その時の気持ち、印象に残った言葉や場面」を書き込みます(資料2)
 年表ができたら、順番に文章化していきます。この時大切なのは、解説や解釈をしないことです。現時点から過去を見るのではなく、その出来事が起きた時の自分になって、何を体験してどんな気持ちになったのかを書きます。

Q:なぜ「病い」という言葉を使うのですか。

A:病いの語りは、病気を患う人がその体験を自身の言葉で表現したものです。ここで言う「病い」は、その人が病気を患ったときの症状や能力の低下をどのように認識し、どのように反応したかなどの経験です。体験や経験は一人ひとり違うので、当然それぞれに固有の物語があります。
 この「病い」と対照的な言葉が、生物医学的な身体の機能不全を指す「疾患」です。患者が病気をみる視点を「病い」と言うのに対し、「疾患」は医療の側が病気をみる視点です。
 病いの語りを尊重し対話することは、実は医師の診断にも役立ちます。また、よく聴くこと自体に治療的役割があるとも言われます。
 病いの語り研究の第一人者である医療人類学者のアーサー・クラインマン博士(ハーバード大学教授)による『病いの語り』(誠信書房)に書かれている印象的な逸話を紹介しましょう。博士は医学生時代に、重篤な火傷を負った少女に出会いました。少女の苦しみに絶望した博士が思わず「あなたはどのように苦しみに耐えているのか」と尋ねると、少女は自分の体験を率直に語り始めました。
 この語りをきっかけに、少女の苦しみは和らぎ、博士もまた絶望から救われたというのです。このとき、博士は苦しみの中にある患者とでも、病いの体験について語ることは可能であること、語りに治療的効果があることを学んだといいます。患者が病気をみる「病い」という視点から、医療者も大きな学びを得ることができると考えています。

Q:がんの「語り」は聴く人にどのように受け止められていますか。

A:今まで私たちが養成した「語り手」を小・中学校や大学、医療者や企業の研修、市民向けの公開講座や啓発イベントなどに派遣してきました。
 いずれの場でも、語りを聴いた人にとっては、感情の動きを伴う深い学びの機会になっています。学校の授業で語りを聴いた生徒や学生の感想文を分析すると、語り手の姿や困難に向き合う姿勢から、いのちや生き方の問題、周囲の人の重要性などについて、自分と照らし合わせながら学びを深めていることが分かります。
 また、医療者向けの研修会でも、高い満足度が示されています。感想の分析結果からは、医療者ががん体験者の語りに感情移入し、患者への共感や理解を深めていること、自らの日々の実践や患者とのコミュニケーションを内省・反省していることが分かります。
 私たちも「患者」としてではなく、生活や仕事をする一人の「人」としての語りを届けるように工夫しています。がんの診断・治療が生活や仕事にどのように影響したか、医療者とのコミュニケーションで嬉しかったことや悲しかったことなどを盛り込むよう心がけています。

Q:語り手にはどのような効果がありますか。

A:語り手は原稿を執筆し、人前で語ることによって、気持ちの整理や体験の意味づけを行います。
 語りを体験した人は「マイナスに思えた体験がプラスに変わった」「自分の気持ちを振り返って、前に進むためのものであると分かった」「同じがん患者に勇気を与えるだけでなく、医療者にも意味があることに気づいた」などと話します。人前で語ることができたという達成感、役に立てたという充足感も得られています。
 何より自分の語りに耳を傾ける人がいることが大きな力になって、語り手を励まします。これは医療現場に限らず、さまざまな場面で必要な姿勢ではないでしょうか。私たちの活動が、すべての人が暮らしやすい社会づくりに貢献できることを願っています。


〈参考文献〉

『がんの「語り」
語り手の養成から学校・医療・企業への派遣まで』
(大島寿美子・米田純子・宇佐美暢子・木村恵美子著、寿郎社)
『北海道でがんとともに生きる』
(大島寿美子編、寿郎社)
『中皮腫とともに生きる』
(大島寿美子編、寿郎社)

いつでも元気 2023.2 No.375