自身の男性性を見つめ直す
清田 隆之(文筆業・恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表)
日本が男性優位な社会であることは、最近の森喜朗氏の発言や、毎年下位を低迷している「ジェンダーギャップ指数」などを見ても明らかだろう。歴代の総理大臣に女性はひとりもいないし、政府が掲げた「2020年度までに指導的地位に女性が占める割合を30%にする」という目標も先送りにされた。
そういう状況下にあって、ここ数年の「#MeToo」ムーブメントや、SNSでどんどん可視化されている女性たちの声の影響なども相まって、フェミニズムに対する関心が高まりを見せている。この社会でジェンダー問題を問い直すこととはつまり、男性性や男社会について考えることと同義ではないか。そしてそれは、男性である私にとって自分自身と切り離すことのできない問題だ。
昨年の夏、私は『さよなら、俺たち』という本を書いた。過去の恋愛での失敗や、小説や演劇から得た学び、また性的同意や選択的夫婦別姓といった社会問題などをもとに、自分の中に根づくジェンダー規範や差別意識と向き合ったエッセイ集だ。
もちろん私が全男性を代表しているわけではないし、ここで提起した問題には私の性格や性質に起因するものも多々含まれていたと思う。それでもジェンダーとは「文化的・社会的に形成された性別」のことであり、私たちはその影響から逃れることができない。だから自分自身を掘り下げれば他者や社会の問題に接続され、それが男性性や男社会を問い直すことにもつながっていくだろうという思いで取り組んだのがこの本だった。
ありがたいことに男性からもたくさんの反響をいただいた。「つらいけど自分を省みるきっかけになった」「無意識の特権を享受していることに気づかされた」など共感寄りの声もあれば、「これは恵まれた男の話であって恋愛経験のない自分には無関係」「黒歴史をさらけ出せば許されると思っているようで言い訳がましい」という批判的な声もあった。
自己省察は不可欠な行為だと思うが、それは精神的な支えや安全があって初めてできることかもしれない。また、男性が男社会から受けている圧力や暴力についてはどうなのか。さらに、「さよなら」と呑気に言えてしまうこと自体がすでに男性特権ではないか…など、批判から見えてきた課題も多かった。そういった声とも向き合いながら、これからも男性性にまつわる考察と研究を続けていきたいと思う。
清田 隆之(きよた・たかゆき)
1980年、東京都生まれ。これまで1200人以上の恋バナを聞き集め、「恋愛とジェンダー」をテーマにコラムやラジオで発信。「yomyom」「すばる」「朝日新聞」など幅広いメディアに寄稿。著書に『よかれと思ってやったのに─男たちの「失敗学」入門』(晶文社)、『さよなら、俺たち』(スタンド・ブックス)。桃山商事としての新刊『どうして男は恋人より男友達を優先しがちなのか』(イースト・プレス)を1月に発売。
いつでも元気 2021.4 No.353
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