けんこう教室
今後も続くアスベスト被害
2005年6月末、大手機械メーカー・クボタ旧神崎工場(兵庫県尼崎市)の周辺住民に、がんの一種である中皮腫※1の患者が多発していることが報じられました。このアスベスト(石綿)による健康被害が社会問題となった「クボタショック」から15年。当時は連日、アスベスト関連の報道が大々的に行われていましたが、最近では目にする機会が減っています。
では、アスベストの被害は少なくなってきたのでしょうか? 資料1は日本のアスベスト輸入量の変遷と中皮腫死亡者数の推移です。中皮腫はほとんどがアスベストによるもので、致死率の高いがんです。クボタショック当時は年間1000人程度でしたが、最近では1500人を超え1・5倍となっています。アスベストの輸入量と中皮腫患者数の間には、約40年間という長い潜伏期間があることがアスベスト被害の特徴の1つです。
最大の労災であり公害
ここでアスベストによる健康被害に対する補償制度について簡単に説明します。アスベスト繊維は髪の毛の5000分の1程度と非常に細い繊維です。空気中に浮遊しやすく、吸入すると肺胞まで達し、一部が沈着して肺の線維化を起こしたり、がんを発生させます。
アスベストによる主な健康被害には(1)中皮腫、(2)肺がん、(3)アスベスト(石綿)肺、(4)びまん性胸膜肥厚、(5)良性石綿胸水、(6)喉頭がん、(7)卵巣がんがあります。
労働者としてアスベストにさらされた人のうち、(1)~(5)の5つの疾病にかかった人で、厚労省が定める認定基準に合致すれば労災補償を受けられます。
一方、労働者の家族、自営業者やアスベスト工場周辺住民などに対しては「石綿健康被害救済法」があります。(1)~(4)の疾病を対象に、環境省が定める認定基準に合致すれば給付を受けられます。認定基準に関しては厚労省や環境再生保全機構のホームページを参照してください。
資料2は過去5年間の疾患別の認定者数です。毎年2000人程度がアスベスト関連疾患で認定されていることが分かります。まさにアスベストは最大の労災であり、公害であると言えます。
また、中皮腫の2倍の被害者がいると推定されている肺がんの認定者数は、中皮腫の3分の1程度と極めて少ないのが現状です。医療機関を受診しても「原因はたばこ」などとされて、アスベスト被害の検討が不十分なことも要因の1つと思われます。
建築物の解体が急増
アスベストは約8割(約800万トン)が建築材料として使用されてきました。今後、アスベスト含有建築物の解体が急増することが予想されています。
資料3は木造や戸建てを除いた民間建築物の年度別解体棟数の推計です。8年後の2028年には10万棟に達し、ピークとなる見込みです。
解体作業によって、解体作業者のみならず周辺住民へのアスベスト被害の拡散が懸念されます。また、解体作業を短期間で終了するために、アスベスト含有を疑われる建築物でも不法に「ミンチ解体」※2される危険性が指摘されています。
今年の通常国会で、大気汚染防止法と石綿障害予防規則の改正が行われました。天井板のアスベスト成形板や屋根材など、通常の使用時にはアスベスト飛散が比較的少ない「レベル3建材」が新たに規制の対象となりました(レベル1はアスベスト吹付塗装、レベル2は石綿含有保温材、耐火被覆材、断熱材)。
しかし今回の法改正は、アスベスト除去作業中の漏洩検査や第三者機関による完了検査が義務付けられないなど、まだ不十分なものです。アスベスト被害予防のための法規制の強化が望まれます。
アスベストは身近なところに
アスベスト建材は身近なところに数多く残っています。九州社会医学研究所ではアスベスト問題を可視化し、市民運動に貢献する目的で携帯型アスベスト・アナライザーを購入しました。アスベスト含有(1%以上)の有無を10秒程度で測定できます。
福岡市と北九州市教育委員会の許可を得て、福岡県建設労働組合の皆さんと一緒に小・中学校の危険な個所を調べるアスベスト・チェックを実施しました。資料4に示したように、天井に張られている石膏ボードや倉庫の屋根材からクリソタイル(白石綿)が検知されました。対応した学校長は「この学校にはアスベストはないと伝えられてきたが…」と驚き、認識を新たにしていました。
また北九州の民医連や労働組合の仲間と、地図を片手にスレート建物のフィールドワークを行いました。倉庫や民家の屋根と壁に石綿スレートが数多く使われていました。今後これらのアスベストの処理を安全・安心に実施していく必要があります。まさに、アスベスト問題はこれからの課題です。
資料4 小・中学校のアスベスト・チェック
教育委員会の許可を得て、九州社会医学研究所のアスベスト・アナライザーを持参して計測
ある解体現場にて
あるホームセンターの解体現場の作業風景です。天井板として使用されていたアスベスト成形板を、2人の作業者が持つフレコンバッグに重機を使って投入しています。しかしフレコンバッグが天井板と比べて小さいため、最初に重機のハサミの部分で破砕していました。
フレコンバッグを持っている作業者は防塵マスクではなく通常のマスクを着用し、重機を運転している作業者はマスクも着用していません。さらに粉じん飛散防止のための散水も行われていませんでした。このような解体作業が全国各地で行われているのではないでしょうか。
※1中皮腫 諸臓器の表面を覆う中皮細胞にできるがん。胸膜中皮腫は胸痛やせき、呼吸困難などを伴う。腹膜中皮腫の場合は、腹部膨満感や腹痛、腰痛など
※2ミンチ解体 建築物を重機で一気に取り壊す解体工法。2002年の建設リサイクル法施行により原則禁止とされた
いつでも元気 2020.12 No.349