リハビリ治療に日数制限! 診療報酬改定で現場も患者も大混乱
リハビリは社会復帰を含めた人間の尊厳回復です
月に6割減収の診療所 訪問リハを中止、縮小も
福岡・みさき病院理学療法士 浦田 修
浦田 修さん |
いま、リハビリテーションの現場は、大きな衝撃と混乱に見舞われています。ことし四月におこなわれた診療報酬(医療保険からの医療機関への支払い)改定で、リハビリの考え方や施設基準が大きく変わってしまったためです。
もっとも怒りを呼んでいるのが、リハビリテーション医療に日数制限をつけるという「リハビリ打ち切り」の問題です。
長期のリハは効果がない?
今回の改定の基礎となっているのは、二〇〇四年一月に出された中間報告「高齢者リハビリテーションのある べき方向」です。厚生労働省老健局内に設置された高齢者リハビリテーション研究会(リハビリ関連団体の代表や著名人二一人で構成)が、現行の診療報酬上の 改善すべき課題として提示したものです。
主な柱を下図に示しました。
(2)に、「長期間にわたって、効果が明らかでないリハビリ医療が行われている場合がある」とあります。 これを改善するとして、医療保険で受けられるリハビリ日数に上限を設定したのです。それも脳血管疾患、運動器、呼吸器、心大血管疾患という四つの疾患別に 分け、糖尿病や高血圧などの生活習慣病ははずされました。
一方、(1)にあるように「急性期リハビリに重点をおくべき」という提言にもとづき、リハビリ職員を多く配置し、厚いリハビリをおこなうところには高い診療報酬を設定しました(表)。
リハビリは身体機能の「回復」と「維持」が目的です。たしかに障害をおこした直後の急性期のリハビリは大切ですが、それだけではありません。
目に見えるような「回復期」がすぎ、「維持期」に入ると、維持すること自体、努力が必要になってきます。続けるなかで、新たな回復も生まれます。それが途中で打ち切られると、関節が固まったり、筋力が低下したりする合併症が急激に進行する恐れがあります。
また、障害をもってしまった患者さんにとってはリハビリが生きる希望となっている方も少なくなく、それを打ち切ることは精神的な打撃になりかねません。
医療保険から介護保険へ
リハビリ医療に疾患別のリハビリ体系はなじみませんし、まして、日数を限るなど、もってのほかです。
医療保険で受けられるリハビリに、なぜ日数制限を設けるのか。国の狙いを端的にいえば、医療保険は機能改 善が望める急性期、回復期のみに限定したい。維持期・慢性期は介護保険でやってほしい。外来リハビリが長くなった患者は、介護施設の通所リハビリ(デイケ ア)に移れということです。
これほど大きな改定なのに、公開されたのは三月一〇日。実施は四月からです。病院が対応を検討する期間もほとんどなく、患者に十分知らせる時間もとらずに強行してしまったのです。
外来でリハビリをしている患者さんの多くは、すでに日数制限を超えています。そうした患者さんのリハビリを終了してしまったり、採算が合わなくなるからとリハビリ自体をやめてしまった病院・診療所も、結構多かったようです。
外来を終了させられた患者さんは通所リハビリに受け入れを求めますが、施設が足りず、断られるケースが続出。行き場のない患者さんが生まれ、「リハビリ難民」という言葉まで生まれました。
日数制限やめよと44万の署名
改定が公表されるとただちに、民医連や医療団体は、何度も対厚生労働省交渉をおこないました。日本共産党の小池参議院議員の働きかけもあり、緊急の修正をかちとることができました。
一つは、改定直前の三月二八日、「疾患の発症日を四月一日に(リセット)する」という通達がおりたのです。リハビリを長期に続けてきた人でも、すべて算定のスタートを四月一日からとするということです。
さらに四月二八日、リハビリ医療を継続することができる「日数上限の適用除外」の対象を広げる通達が出ました。
「脳血管疾患等によるまひや後遺症を呈している患者であって、治療を継続することにより状態の改善が期待できると医学的に判断される場合であれば」、日数上限の適用除外となる「神経障害によるまひ及び後遺症に含まれる」とされたのです(前ページ表)。
しかし日数によるリハビリ打ち切りの抜本的解決とはならなかったため、患者、家族、医師らでつくる「リハビリ診療報酬を考える会」が署名にとりくみ、六月三〇日、四四万筆をこえる署名を厚労省に提出しました。
東京大学名誉教授で重度脳血管疾患患者の多田富雄さんが「非人間的なリハビリ打ち切り」だと、先頭に立って抗議し、新聞・雑誌に大きく取り上げられたことは、ご存知の方も多いでしょう。厚労省への風向きが変わりつつあります。
維持期のリハビリは重要
発症日を四月一日にリセットしても、呼吸器疾患の患者さんの期限(九〇日)は六月末、運動器疾患の患者さんの期限(一五〇日)は八月末で切れています。脳血管の患者さんは九月末(一八〇日)で期限が切れます。
身体障害が重度でも、長期間のリハビリを受ければ徐じょに回復を続ける患者のためのリハビリは、外来で週一~二回おこなうだけでも成果があります。
日本福祉大学の二木立教授や、藤田保健衛生大学のリハビリ医学講座の才藤栄一教授は「維持期のリハビリは 必要であり、(長期間にわたる効果のないリハビリが行なわれていることを防ぐのが目的なら)“月に○回まで”という回数制限を設けたうえで、長期のリハビ リは認める改定が必要だった」と指摘していますが、まさにそのとおりだと感じています。
急な配置転換で混乱が
2カ月で44万の署名を集め、厚労省に手渡す多田名誉教授ら(6月30日) |
今回の改定で、急性期のリハビリは、たしかに時間も人も厚くなりました。
一日の時間でいえば、今までは最大で二時間(二〇分×六単位)でしたが、今回の改定では一日三時間(二〇 分×九単位)のリハビリを受けることが可能となりました。ただし、患者さんに見合ったリハビリ職員数の配置が必要ですから、以前からリハビリに力を入れて きていたほんの一握りの病院を除いては、一人の患者さんに一日三時間のリハビリを実行するのはかなり困難です。
また、脳血管リハビリ等の(Ⅰ)を取得するには常勤のリハビリ職員を一〇人以上配置しないといけないなど、かなり高いハードルです。
このため、ことしの三~四月にかけてリハビリ職員を急に配置転換したというところが多くありました。
特徴的なところをあげてみましょう。
■ケース1 PT1人の無床診の場合
理学療法士(PT)が一人の無床診療所では、リハビリ科(Ⅱ)での算定になるため、単月の収益が六割減 (約六〇万円↓約二四万円)となり、部門として採算がとれず、法人内の病院のリハビリ人員もぎりぎりだったので、やむなく三月末日をもって一一年間の常勤 配置の歴史に幕を閉じ、PTは病院に異動となりました。
■ケース2 リハビリ科(Ⅰ)を取得するために
脳血管疾患リハビリ等(Ⅰ)の基準を充たすには、常勤のリハビリ職員が合計一〇人以上必要です。そこで、手広くおこなっていた訪問看護ステーションからの訪問リハビリを中止・縮小。リハビリ職員を病院に配置して、何とか脳血管リハビリ等(Ⅰ)の基準を取得しました。
■ケース3 療養病床のリハビリを縮小
療養病床に入院している患者さんの多くが比較的長期の入院です。自宅復帰にむけ、回復期リハビリ病棟(最大六カ月入棟可能)から継続してリハビリに励んでいる方もいます。こうした方たちは、当然のことながら疾患別リハビリの日数上限をこえてしまいます。
そこで、経営を守るための措置として療養病床のリハビリ職員を縮小し、①急性期・一般病院や回復期リハビリ病棟のある病院にリハビリ職員を異動する、②介護保険の訪問リハビリの方に異動する│大きくこの二つに分かれているのが全国的傾向のようです。
いずれも問題は残ります。
ケース1の場合、経営を守るための配置転換でしたが、思わぬ事態を招きました。四~五月には個別リハビリ の件数が減っただけではなく、吸入治療で月一五〇件(金額にして二五万円程度)の減少になってしまったのです。リハビリといっしょに吸入治療も…という方 が少なくなかったのだと思われます。
またケース2や3のように訪問リハビリや療養病床のリハビリを縮小したら、自宅で療養されている患者さんの運動機能や生活を支えていたリハビリはどうなるのか、自宅復帰にむけたリハビリ医療や維持的なリハビリはどうなるのか…。
慢性疾患のための薬は認められています。維持的なリハビリも認められるべきものではないのでしょうか?
患者自身が声を上げ、切実な実態を伝えて
リハビリが継続できるよう
今回の改定では医療経営の問題とリハビリ存続の問題が直結するわけですが、まずは患者さんのリハビリの受療権を守ることが第一です。
そのためには、担当医師・リハビリ技術者と患者さんがよく相談して、機能改善の可能性を探り、除外項目を適応させてリハビリが継続できるようにすることが必要です。
通所リハビリでの受け入れ体制を整えていくことも必要でしょう。
このリポートが掲載される一〇月ごろは日数制限の本格運用が始まり、まさに、リハビリの大きな転換期にな ると思います。日数制限を撤廃する運動を広げていくためにも、医療関係者だけではなく、患者さん自身の声を新聞などに投書していただくことにより、切実な 実態を明らかにしていくことが大切だと思います。
医療・介護の改悪に断固としてたたかっていくためにも来年のいっせい地方選挙と参議院選挙は正念場です。民医連と共同組織のみなさんのさらなる団結で、世の中をよりよい方向に向けたいものです。
精神的支えにもなっているのに
福岡県大牟田市にあるみさき病院は一四四床の中規模の病院です。四〇〇㎡の広いリハビリ室では一日に五〇人近い人がリハビリを受けています。
リハやめると痛みが
ひざに人工関節を入れているという奥薗スズ子さんは「ひざや腰が痛むときは満足に歩けませんでした。一年 半ほど前に人工関節を入れてから調子がよかったので、リハビリをやめていた時期もありますが、やめると痛みが出て、庭の草取りなどつらくなります。今、週 二回通っていますが、リハビリを打ち切られるなんて困ります」と困惑気味です。
弱い者いじめに怒り
「みさき病院は職員も親切で、安心してかかれる病院です」という武内律子さんはひざ痛、腰痛があり、週四回リハビリに通っています。
「ここに通うようになってから、痛みが楽になるだけでなく、精神的にも安定します。リハビリを受けられなくなったり、自己負担が増えるのは本当に困ります」と。
「亡くなった夫は大学の医学部教授でしたが、みさき病院のような“地域の病院がとても大事”と、退職後は隣 接する老健くろさき苑の所長をし、みさき病院の支援もしていました。改悪に次ぐ改悪で患者の自己負担が増えるだけでなく、病院の経営も大変。夫の遺志を継 いで、私もこの庶民の病院を守りたいと思っています。こんな弱い者いじめ、高齢者切り捨ての政治は、やめさせなくてはいけません」と、憤りをかくせませ ん。
まさに体にも心にも大事なリハビリ。前述の多田名誉教授が語ったとおり、リハビリは単なる機能回復ではありません。社会復帰を含めた人間の尊厳の回復です。存続できる運動や交渉が急がれます。
いつでも元気 2006.10 No.180