これ以上の減額は無理 全国で6000人超が不服申し立て また!?昨年10月から生活保護引き下げ
昨年10月、生活保護の基準額が引き下げられました。今後3年間かけて段階的に引き下げ、削減額は総額210億円(うち国費は160億円)に上る見通し。生活保護利用者の7割で保護費が減らされます。生活保護費の削減は2013年に続き2回目。「もう我慢できない」と、全国で6000を超える世帯が不服申し立て(行政への審査請求)をしました。
(丸山聡子記者)
「ぜいたくを言うつもりはない。せめて元に戻してほしい」。そう話すのは、長野県箕輪町に住む斉藤豊作さん(80)。10月から月330円の減額です。昨年から同町で暮らし、上伊那生協病院に定期的に通院しています。同院のSW・有賀慎之介さんと相談し、不服申し立てをしました。
■消費税も上げるのになぜ
斉藤さんは若い頃、プロスキーヤーでした。当時(1980年代)は空前のスキーブーム。斉藤さんが運営するスキー教室も予約がとれないほどの盛況ぶりでした。しかし、バブルの崩壊とともにスキー人気は急激に衰退。同じころ、斉藤さんは2度のがんで手術・入院し、収入は途絶えました。
「仕事ができない時は生活保護を利用し、働けるようになったらやめる。そんな生活を10数年続けてきた」という斉藤さん。初めて生活保護を利用した2000年頃には10万円を超えていた保護費は、今では9万円を少し超える程度(いずれも住宅扶助含む)。
さらに15年、それまで月1万円だった冬季加算が7320円に引き下げられました。箕輪町の1~2月の平均気温は氷点下。「高齢者のひとり暮らしだから石油ストーブは怖いので使わない。暖房は小さな電気ストーブひとつだけ。それでも冬場は、どうしても電気代が高くなる」と斉藤さん。加算分だけでは足りず、食費や風呂の回数を減らすことになります。
「生活保護は“最低限度の生活”と定められているのを知っているから、もともと趣味も人づき合いもほとんど絶っている状態。消費税も上げるというのに、なぜ今、さらなる減額なのか」。
■「生活保護は権利」なのに
昨年12月21日、39世帯が長野県知事に対し、いっせいに不服申し立てを行いました。
同院の医療福祉相談室では、自院にかかっている生活保護を利用する患者から引き下げの影響や暮らしぶりを聞き、不服申し立てをするよう働きかけました。病気の治療中でも満足に栄養をとれず、入浴や暖房などを制限し、人づき合いなどほとんどできない暮らしぶりがわかりました。「これでは生活が成り立たない。病院のSWとして、この引き下げはなんとしても中止させたい」とSWの小山建悟さん。
しかし、対話した約50人のうち、不服申し立てを決意したのは斉藤さんなど2世帯にとどまりました。小山さんは「『やっても無駄』とか『国に助けてもらっているのだから文句は言えない』と言う人もいました。生活保護は権利なのに、そう思わせてしまっていることが大問題」と憤慨します。
斉藤さんを担当した有賀さんも、「一人ひとりの減額分は月数百円ほど。微々たるものに見えても、生活保護の人にとっては大きなお金です。1機150億円もする戦闘機を買うのなら、減額せずに増やしてほしい」と話します。
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生活保護基準の引き下げは、国民生活全般に影響します。生活保護基準の引き下げは最低賃金の引き下げも招きかねません。現在、住民税非課税は全国で3100万人。生活保護の引き下げで非課税基準も下げられるため、非課税だった人が課税になるケースも。連動して高額療養費や介護保険の自己負担額が上がります(例:70歳未満の高額療養費自己負担限度額は非課税だと3万5400円 → 課税だと5万7600円に)。
相談室の鮎澤ゆかりさんは、「本当のねらいは、社会保障全体の引き下げ。だからこそ、引き下げ反対の声を国民全体の運動にしていかなければ」と強調します。
違法データ根拠にした疑いも
今回、引き下げられたのは食費や光熱費にあてる生活扶助費。7割の世帯が減額となり、特に都市部の高齢単身世帯や子どもが多い世帯で減額幅が大きく、最大5%になります(1面表)。都市部の「40代夫婦と子ども2人の世帯」だと、3年後には受け取る額が年10万円超も少なくなります。
1月15日、「いのちのとりで裁判全国アクション」「生活保護基準引き下げにNO! 全国争訟ネット」「生活保護問題対策全国会議」は根本匠厚労相に生活保護基準引き下げの撤回などを求める要望書を提出、記者会見をしました。
埼玉県に住む佐藤晃一さんは、精神疾患を患って仕事ができなくなり、生活保護の利用を開始。福祉事務所からの要請で、離れて住む高齢の両親が毎月5000円の仕送りをしていますが、その分は保護費から差し引かれます。2013年の引き下げで月3000円、今回は1330円、冬季加算は540円の減額で、年間では5万8440円の引き下げ。壊れたエアコンを買い換えることもできず、知人に譲ってもらった電気あんかで寒さをしのいでいます。
会見で「全国会議」事務局長の小久保哲郎弁護士は、毎月勤労統計の不正問題に触れ、「引き下げの根拠とした数値は、時期によって異なる算式を用いるという禁じ手で導き出されたもの。悪質な統計の偽装だ」と批判しました。
厚労省は、所得階層の下位10%の消費実態と生活保護基準を合わせる形で引き下げました。生活保護の捕捉率(生活保護が必要な人のうち実際に利用している人の割合)は2割程度と極めて低いため、下位10%の所得層には、生活保護基準以下の人も多く含まれます。捕捉率の低さを解決しないまま、下位10%の所得層との比較で生活保護基準を決めるなら、際限ない引き下げとなります。強引なやり方には、検証作業をした社会保障審議会生活保護基準部会も異を唱えています。
■国際機関が「人権侵害」懸念
相次ぐ生活保護の引き下げは、国際的にも批判を受けています。昨年10月、国連人権高等弁務官事務所は特別報告者ら4人が連名で「貧困層の最低限の社会保障を脅かす」と警告しました。警告は「引き下げによって高齢者や女性、障害者など貧困に影響を受けやすい人びとが、さらに傷つけられる」と懸念。「日本は緊縮政策が必要な時においても、すべての人に基本的な社会的保護を保証する義務がある」と指摘しています。
(民医連新聞 第1686号 2019年2月18日)