国際エイズ会議
文・写真
杉山正隆(歯科医師、ジャーナリスト)
久田ゆかり(福岡・健和会大手町リハビリテーション病院、看護師)
医学の進歩で、「慢性病」の一つになった感のあるエイズ(後天性免疫不全症候群)。だが、2017年にエイズで亡くなった人は全世界で94万人にのぼり、日本は先進国で唯一、HIVの感染拡大に歯止めがかかっていない。エイズ患者の多くが病気や差別、偏見に苦しんでいる現状を変えようと、「AIDS2018」(第22回国際エイズ会議)が昨年7月、オランダのアムステルダムで開かれた。
ここがポイント
HIVとエイズ
HIV(ヒト免疫不全ウイルス)は、感染すると人の免疫を破壊していくウイルス。AIDS(エイズ・後天性免疫不全症候群)は、HIVの感染によって免疫力が低下し、エイズ特有の症状を発症した状態
エイズの治療薬
抗レトロウイルス療法(ART)の確立により、「死の病」だったエイズは「薬を飲み続ければ天寿を全うできる」とされるまでになった
「AIDS2018」には、患者や感染者をはじめ、医師・歯科医師や看護師、研究者、セックスワーカー(性産業労働者)ら世界160カ国から約2万人が参加。感染予防策、食や口腔衛生の重要性など3000近い演題が発表された。
クリントン元米大統領、ヘンリー英王子、歌手のエルトン・ジョンらもエイズを巡る諸問題の解決に向けて努力を続けるよう訴えた。セックスワーカーや性的少数者のLGBTら、鍵となる人たちの活動が目立った会議でもあった。
会議のテーマは「さまざまな壁を破り、橋を架けよう」。弱い立場にある鍵となる人たちの効果的な参加が実現できるよう、人権に基づくアプローチを重視している。
鍵となる人たちは世界の新規HIV感染者の47%を占め、その3分の1が薬物中毒患者だった。東欧と中央アジアでは、薬物中毒患者が新規感染者の実に97%を占める。
ここがポイント
LGBT
レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーそれぞれの英語の頭文字からとったセクシャルマイノリティーの総称
鍵となる人たち
国連はセックスワーカー(性産業労働者)やドラッグユーザー(薬物中毒患者)を「キー・ポピュレーション」(弱い立場にある鍵となる人たち)と位置づける。LGBTや受刑者とそのパートナーも含む
世界で3690万人
世界のHIV感染者は3690万人で、2017年のエイズ死亡者は94万人。UNAIDS(国連合同エイズ計画)が、2020年までに達成しようとしているのが「90―90―90」の目標だ。簡単にいえば、HIV感染者の90%が検査を受け、90%が治療をし、90%が治療の効果で体内のウイルスをほぼ死滅させることを目指す。
UNAIDSはさらに、2030年には目標を5ポイント上げて「95―95―95」を達成し、HIVの流行を事実上、終了させようと考えている。
世界は現在「75―79―81」の水準で、2020年までの達成に向けて「黄信号が灯っている」のが現実。だが、成果が上がっているとの報告も。
ボツワナ、カンボジア、デンマーク、エスワティニ、ナミビア、オランダの6カ国はすでに目標を達成し、さらに7カ国が達成の見込み。最もハードルが高いのが最初の90で、例えば西部や中部のアフリカではHIV感染者の48%しか自らの感染を知らない。
ここがポイント
90-90-90
世界のHIV感染者の90%が検査を受けてHIVに感染していることを知る。そのうち90%が抗HIV治療を受ける。更にそのうち90%が治療の効果で、体内のウイルスを検出限界値以下にすること
感染が拡大する日本
日本は2015年のデータで「86―83―99」にとどまり、先進国で唯一、HIVの感染拡大に歯止めがかかっていない。検査や診断を受けていない感染者が少なくないうえ、診断されても治療が始まっていない人が多く、「とても先進国とは思えない。衝撃的だ」(医療関係者)との声もあがる。
厚生労働省のエイズ動向委員会によると、日本の17年新規HIV感染者報告数は976件、新規エイズ患者報告数(いわゆるいきなりエイズ)は413件で、両者を合わせた新規報告数は1389件。前年より減少したものの、「高止まり」の状態といえる(グラフ)。
注意しなければならないのは、これらのデータは「報告数」ということ。検査を受けていなければ数に入らず、潜在患者と感染者はこの数倍にものぼるとの予測もある。また、あくまで新規で、累計の患者・感染者数は3万人を突破した。
日本の傾向として性的接触によるものが8割以上で男性同性間が多く、3年ぶりに複数の母子感染の報告があった。「いきなりエイズ」の比率は約3割にもなる。20~40歳が多いが、70歳代など幅広い年齢層で感染している。
日本は薬害エイズ事件が起きて以降、1990年代にエイズの対策予算が増えたが、現在は当時の半分以下の予算しか計上していない。特に新規感染者を減らすべく、国は関連予算を増額させ、再び取り組みを強める必要がある。
取材は私たちだけ
国際会議が行われたアムステルダムは、至るところに「AIDS2018」の旗がはためき、街を挙げての運営を物語っていた。各国から600人以上のボランティアが駆けつけ、受付や会場設営、清掃をはじめ多くの場で会議を支えた。
エイズ撲滅に向けた障壁となるのが、日常社会での患者への偏見、科学に基づかない差別だ。感染防止のカギを握るドラッグユーザー、セックスワーカー、ゲイに対する偏見も含んでいる。国際会議では、そうしたキーパーソンたちがいきいきと「主張」する姿が印象的だった。
「HIV POSITIVE」と大きく描かれたTシャツを着た参加者も。「HIVに感染しています」と堂々と主張する。実社会では困難だからこそ、理想としてここでは掲げるのだろう。
国際会議には全世界から約1000人の記者が取材に駆けつけた。BBCやAFPが連日、関連ニュースを配信したが、日本から取材に来たのは私たち2人だけ。朝日新聞と時事通信が外伝を引用して短く報じたぐらいだ。「日本は豊かな国なのに、HIVの感染が拡大している。なぜ、取材に来ないのか?」と地元記者は首をひねった。
会議では差別や偏見に対する関心の高さ、それらを排除することへの期待と困難な現状を熱く語りあう人たちを目の当たりにした。日本は遅れをとっている。豊かさに便乗し、異質なものを排除し、人間らしさを失ってしまっているのではないか? そんなことを考えながら、アムステルダムの街を歩いた。
ここがポイント
いきなりエイズ
HIVに感染しても、すぐにエイズになるわけではない。感染すると、感染初期症状、無症候期、エイズ発症という経過をたどる。エイズを発症して初めて感染が分かることを、「いきなりエイズ」と呼ぶ
患者・感染者は3万人を突破
日本の累計のエイズ患者・感染者数は2万8750人にのぼり、非加熱製剤で感染した1439人と合わせ3万189人と初めて3万人を超えた
薬害エイズ事件
1980年代、血友病患者に対して非加熱製剤を使用したことで、多数のエイズ患者を生み出した事件
いつでも元気 2018.2 No.328