【新連載】60.過量による副作用
薬を安全に使うためには、用量に十分注意を払うことが大切です。しかし、添付文書通りの用法用量で使用したとしても、年齢、体重や肥満度などの体格の違いや腎臓や肝臓など生理機能の状態次第では、結果的に過量投与になってしまうことが往々にして起こります。日本における医薬品添付文書の記載は、海外の添付文書と比べると情報が不足しているのが現状で、用量設定についても例外ではありません。海外添付文書を調べて初めて過量投与だということに気がつく例もあるのです。
■どのような時に過量投与となるのか?
腎排泄型薬剤では腎機能障害があると蓄積が起こります。肝代謝型薬剤では、肝臓の薬物代謝能の上限を超えてしまった場合に蓄積が起こりますし、腸管循環型薬剤でも蓄積の危険があります。用量の設定自体が中毒を起こす危険を孕んでいる場合がありますし、適切な投与期間を超えて過剰となってしまう場合もあるでしょう。自殺目的、重複服用など、意図的、意図的でないにかかわらず、明らかな使用法の間違いからも起こります。
■具体例
亜鉛含有製剤ポラプレジンクでは、ヒトにおける亜鉛1日摂取基準量(所要量)11mgを上回る34mgの亜鉛を含む量が常用量のため、3ヵ月の服用でも亜鉛過剰になり、その代償として銅欠乏症が起きて貧血をきたすことがあります。
メトロニダゾールでは、トリコモナスの治療では10日間までの服用制限があるのに、クロストリジウム・ディフィシル腸炎の治療では「漫然と投与しない」と書かれているだけで、具体的な投与期間が記載されていないため、14日を超える処方で中毒を起こすこともあります。
抗不整脈薬のシベンゾリンは日本と韓国、欧州ではフランスで使用されているだけのローカルドラッグなので、欧米諸国の添付文書情報がありません。腎排泄型薬剤で血中濃度測定が必要な薬剤ですが、しばしば腎機能を考慮せずに常用量の300mgを投与し、結果的に過量投与で低血糖となったケースに遭遇します。腎機能による投与量の目安は書かれていないので、海外の使用状況とすら比較することができず、投与量の設定の根拠が乏しいです。シベンゾリンはジソピラミドと同じく、化学構造にベンザミド骨格を持ち、同じくベンザミド骨格を持つスルホニルウレア系血糖降下剤グリベンクラミドおよびグリメピリドのように膵β細胞の刺激作用を持っています。特に、シベンゾリンは過量となると低血糖を起こす危険が高い薬剤として認識しておく必要があります。
最近は使用頻度が少なくなってきましたが、ジゴキシンも中毒を起こしやすい薬剤として有名です。腎機能、脱水の有無をチェックしながら、過量にならないよう、血中濃度測定を定期的に行うなどして、特別に配慮しなければなりません。
抗ウイルス剤の副作用で紹介したバラシクロビルでは、用量設定そのものが危険であって、中毒事例が何度も報告されて十分に用量に注意するように添付文書改訂が行われたにもかかわらず、同じ事例が繰り返されています。
その他、これまでに紹介した各テーマで、呼吸器系ではテオフィリン、消化器系では酸化マグネシウムでも中毒事例が報告されていますので、振り返って読んでみてください。
■日本と海外の違い 用量設定
一方、海外では過量投与予防に対して、どのような対応が行われているのでしょうか。こちらもいくつか具体例を紹介します。
睡眠導入剤ゾルピデムでは、女性、おのずと腎機能が低下してくる高齢者は腎臓からの排泄が遅れるため、米国、カナダ、オーストラリア、EU諸国では上限が5mgに変更されていますが、日本では誰でも10mgの投与が可能です。
消化器系の薬剤では、メトクロプラミドをはじめとするベンザミド系薬剤で新たに用量制限がかけられてきています。メトクロプラミドでは錐体外路障害を理由に1回0.1~0.15mg/kgで1日3回までに減らされています。
ドンペリドンでは、注射剤は副作用の錐体外路症状が出にくいことが災いし、中毒時の兆候がつかめないため過量投与につながりやすく、結果として起こるQT延長症候群を理由に1985年に販売中止になりました。内服薬でも突然の心臓死が1.6~3.7倍も起こりやすく、欧州医薬品庁(EMA)は2014年3月に、ドンペリドンの投与量を35 kg未満の小児および青少年での承認適応の用量は経口剤で体重1 kgあたり0.25 mgを1日3回までに制限すべきと提言しています。
抗インフルエンザ剤では、オセルタミビル(商品名タミフル)で体重と腎機能ごとの投与量について細かく設定を行っています。日本で相次いだ異常行動の事態を受け、小児、青年、高齢者では用量超過と考えたのかもしれません。
日本国内では政府、企業ともに責任を持った対応をしているとはとても言えません。タミフルの添付文書をみると、その一端がわかります。国内添付文書では「参考」という位置づけで海外の投与量について記載はしているものの、より安全な投与量の変更まではしていません。
ではここで、一度考えてみましょう。タミフルを認知症のグループホームで一斉に予防投与を行う場合、日本の添付文書通りに75mgを1cap飲ませても大丈夫なのでしょうか?認知症グループホームは高齢者が多いのが一般的で、体重が40kg未満、腎機能も年齢相応に低下している入居者が複数いることが十分に予測されるので、減量が必要でしょう。服用している薬剤との関係も気になるところです。実際に、海外添付文書にならって、3%ドライシロップ製剤を用いて用量調節が行われ、投与を行ったある高齢者施設では、副作用は観察されませんでした。
このように、添付文書の改訂の対応から見えてくるのは、海外では過量投与にならないように規制機関がきちんと指導しているのに対し、日本では企業任せである点で、放置されたままになっていても許されてしまう問題です。
私たちの副作用モニターには過量投与となった事例がいくつも報告されていますので、これまで紹介しきれなかった分を、ここで紹介したいと思います。
■サムスカ錠による高ナトリウム血症
新薬の発売開始1年間は「試運転」という位置づけで、その期間に大きな事故が起きないか、使用を控えるように心掛けているかと思います。適応症の追加により新たな用法用量が設定されたときも、より注意が必要な時期です。発売開始理直後や適応症の追加直後で使用する場合には、結果、経験豊富な医師ですら使用法を熟知しないまま処方することになりますし、薬剤師も調剤・処方監査の経験を積めないまま患者さんに薬を渡すことになります。最近は非常に切れ味の良い薬が新薬として登場するので、新薬を扱う時は特別に安全性に配慮しておく必要があります。さて、ここではトルバプタン(商品名:サムスカ錠)が外来で投与され、重篤な高ナトリウム血症と意識障害をきたした症例について報告します。
トルバプタンは非ペプチド性のバソプレシン2(V2)受容体拮抗薬で、2010年12月に心不全への体液貯留を効能効果として15mg製剤が発売されました。 2013年6月に7.5mg製剤が追加、同年9月に肝硬変への体液貯留の効能効果も取得しています。他の利尿剤で効果が不十分な症例に、入院で血清ナトリウム(Na)濃度の測定下での開始・再開が必要な薬剤です。
2013年10月には日本循環器学会と日本心不全学会が「日本での承認後3ヵ月で重篤な高Na血症(血清Na値160mEq/L以上)もしくは中枢神経症状(意識障害、けいれん)が8例報告された」として、合同で「V2受容体拮抗薬の適正使用に関するステートメント」を発表しています。
症例)70歳代後半男性。心不全、高血圧、心房細動、高尿酸血症、胃潰瘍、認知症の治療薬服用中。
心不全が悪化し近医を受診。外来でサムスカ錠15mgが処方された。ショートステイ先で1日1回3日間服用。服用中は多量の排尿、精神錯乱状態、多量の飲水あり。その後、呼びかけへの反応が鈍くなり中止2日後に救急搬送された。入院 時電解質濃度(Na=167、K=4.4、Cl=127。単位は以下、mEq/L)。5%ブドウ糖液などの輸液療法と電解質補正およびフロセミド注投与などの治療により、4日後には意識障害は回復、会話可能となった。7日後には電解質濃度も改善し(Na=144、K=3.7、Cl=108)脱水症状もなくなった。
今回の症例は、入院下で投与すべき薬剤を近医の研修医が外来処方した結果、急激な血清Na濃度上昇で意識障害を起こした症例ですが、添付文書の投与量の記載にも問題がありそうです。添付文書では心不全の場合15mgを1日1回投与とあり、「血清Na濃度が125mEq/L未満の患者、急激な循環血漿量の減少が好ましくないと判断される患者に投与する場合は、半量(7.5mg)から開始することが望ましい」 とあるだけです。
前述の合同ステートメントでは、「初期投与量を7.5mgとし、状況により適宜増減する」「高Na血症の出現を防ぐために高齢者、低体重などの場合には7.5mgあるいは3.75mgから開始する」とされており、安全に使用するためには添付文書の投与量の改定も必要だと思われます。
(民医連新聞 第1567号 2014年3月3日)
■リドカイン中毒
外用薬とはいえど、経皮吸収率がよく、全身症状の副作用が生じることもあります。重篤な副作用となってしまった教訓的な事例が、このリドカインによる症例です。
リドカインは麻酔薬として、また、抗不整脈薬として医療現場では欠かすことのできない薬剤です。汎用されているため、危険が潜んでいることを忘れがちです。リドカイン外用液による中毒症例を報告します。
症例)20歳代後半の女性。身長167cm、体重46kg。
気管支内視鏡検査のため、気管支麻酔目的で4%リドカイン外用液を2%液に希釈して吸入麻酔を実施、検査を開始した。麻酔開始35分後、全身性の痙攣が出現し、検査を中止。呼吸停止に至ったものの、ジアゼパム注射液、フェニトインの投与や補液、呼吸管理を遅滞なく行い、事なきを得た。
リドカイン血中濃度の安全域は3μg/mlとされています。5μg/ml以上になると中枢神経症状が出現し、10μg/ml以上になると痙攣などの重篤な症状が発現します。プロカインアミドを源流にもつアミド系の局所麻酔剤では、中毒時に中枢より先に心室頻拍や心室細動が発現するブピバカインは例外ですが、リドカインやロピバカインなどは中枢毒性が先行して発現するので、中毒症状の事前モニターは困難です。
この患者は、BMI=16.5kg/m2と明らかに痩せており、脂肪組織が非常に少ないとみられます。脂肪組織における薬物量が短時間で飽和状態に達し、あふれたリドカインが中枢組織でも高濃度になったのでしょう。効果は落ちますが、体重や身長を考慮し1%溶液で麻酔を行う、添付文書上の上限であるリドカインとして100mg以上は準備しない、などの予防策を講じ、過量投与にならない工夫が必要と思われます。
同じく外用剤の2%リドカインゼリー製剤も、包装単位の30mlや50mlすべて使用すると投与量は600~1000mgになり、過量投与になる可能性があります。リドカイン・プロピトカイン配合製剤(製品名:エムラクリーム)でも中毒事故が予測されるため塗布範囲が決められています。外用薬でも中毒への配慮が必要です
(民医連新聞 第1542号 2013年2月18日)
■ブレドニゾロン服用4日目でおきたムーンフェイス
症例)70歳代後半の女性。ネフローゼ症候群でプレドニゾロン40mgを服用開始、4日後、ムーンフェイス、顔面紅潮がみられました。基礎疾患はうつ病、高脂血症。併用薬はロサルタン、アズレンスルホン酸、プラバスタチン、アスパラギン酸カルシウム、アルファカルシドール。体重は不明。
ステロイド剤によるムーンフェイスは周知の副作用です。頻度は高く、プレドニゾロンでは30mg以上でほぼ100%、15~30mgで50%、5~15mgで10~20%に起こると言われ、30mg以上使用すると約2~3週間で現れてくるようです。プレドニゾロンの投与上限は、理論的には、受容体を十分に飽和させるといわれている1mg/kgです。0.5mg/kg以上の投与では必ず起こりうる、と考えてよいでしょう。この症例は0.5mg/kg以上の投与ですが、体重が40kg前後で、実質の投与量が1mg/kgを超えていた可能性も考えられます。
ステロイド剤には食欲亢進作用があり、食べ過ぎて肥満になりやすくなります。また脂肪代謝に影響しますが、その影響は体の部位により異なり、顔、首、 肩、胴体の脂肪が多くなり、手、足の脂肪はむしろ少なくなります。こうしてムーンフェイスや中心性肥満になります。
この症例では、4日という短期間に副作用が発現したため、電解質異常によるむくみも含めさまざまな可能性が論議されました。しかし、プレドニゾロン服用後に発症していること、他の被疑薬は考えにくいこと、また誰が見ても明らかなムーンフェイス症状であることより、過量のプレドニゾロン投与に起因した副作用の可能性が有ると結論付けました。
副作用発生時の患者対応としては、ムーンフェイスは生命に関わる副作用ではないこと、そして、ステロイド剤の減量により症状が軽減すること等を説明し、 治療を優先に考えて薬の服用を続けるよう指導することが大切でしょう。
(関東甲信越副作用モニター交流会症例検討より)
画像提供 千葉民医連・船橋二和病院 薬剤科
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**【薬の副作用から見える医療課題】**
全日本民医連では、加盟する約640の医療機関や354の保険薬局からのデータ提供等を背景に、医薬品の副作用モニターや新薬評価を行い、およそ40年前から「民医連新聞」紙上(毎月2回)などで内外に情報発信を行っております。
<【薬の副作用から見える医療課題】バックナンバ->
1.民医連の副作用モニターとは~患者に二度と同じ副作用を起こさないために~
2.アルツハイマー治療薬の注意すべき副作用
3.味覚異常・聴覚異常に注意すべき薬剤
4.睡眠剤の注意すべき副作用
5.抗けいれん薬の注意すべき副作用
6.非ステロイド鎮痛消炎剤の注意すべき副作用
7.疼痛管理に使用する薬剤の注意点
8.抗パーキンソン薬の副作用
9.抗精神薬などの注意すべき副作用
10.抗うつ薬の注意すべき副作用
11.コリン作動性薬剤(副交感神経興奮薬)の副作用
12.点眼剤の副作用
13.消化器系薬剤の様々な副作用
14.ジゴキシン(強心剤)の注意すべき副作用
15.抗不整脈薬の副作用
16.降圧剤の副作用の注意点
17.トリプタン系薬剤(片頭痛治療薬)の副作用について
18.脂質異常症治療薬の副作用について
19.喘息及び慢性閉塞性肺疾患治療薬の副作用
20.潰瘍性大腸炎治療薬の副作用
21.抗甲状腺ホルモン剤チアマゾールによる顆粒球減少症の重症例
22.過活動膀胱治療薬の副作用
23.産婦人科用剤の副作用
24.輸液の副作用
25.鉄剤の注意すべき副作用
26.ヘパリン起因性血小板減少症
27.高尿酸血症治療薬の注意すべき副作用
28.糖尿病用薬剤の副作用 その1
29.糖尿病用薬剤の副作用 その2
30.糖尿病用薬剤の副作用 その3
31.抗リウマチ薬「DMARDs」の副作用
32. ATP注の注意すべき副作用
33. 抗がん剤の副作用
34. アナフィラキシーと薬剤
35.重篤な皮膚症状を引き起こす薬剤
36.投注射部位の炎症等を引き起こす医薬品について
37.間質性肺炎を引き起こす薬剤(漢方薬を除く)
38.漢方薬の副作用
39.抗生物質による副作用のまとめ
40.抗結核治療剤の副作用
41.抗インフルエンザ薬の副作用
42.ニューキノロン系抗菌薬の副作用
43.水痘ヘルペスウイルス・帯状疱疹ウイルス治療剤の副作用
44.薬剤性肝障害の鑑別
45.ST合剤の使用をめぐる問題点
46.抗真菌剤の副作用
47.メトロニダゾールの副作用
48.イベルメクチン(疥癬を治療するお薬)の副作用
49.鎮咳去痰剤による注意すべき副作用
50.総合感冒剤による副作用
51.市販薬(一般用医薬品)の副作用
52.健康食品・サプリメントによる副作用
53.禁煙補助薬(チャンピックスⓇ、ニコチネルⓇ)の副作用
54.ワクチンの副作用
55.骨粗しょう症治療薬による副作用
56.口腔内崩壊錠[Orally disintegrating tablet]による副作用
57.その他の中枢神経症状をおこす薬剤
58.抗凝固薬の副作用(ワルファリン、DOAC)
59.抗血小板薬の副作用
■掲載過去履歴一覧
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