長男が語る「認知症鉄道事故裁判」
聞き手・武田力(編集部) 写真・若橋一三
2007年12月、JR共和駅(愛知県大府市)で認知症の高井良雄さん(当時91)が電車にはねられ死亡する事故が起きました。
JR東海は高井さんの家族に約720万円の損害賠償を請求。
一審の名古屋地裁が全額の支払いを命じた判決をきっかけに、「責任をすべて家族に押しつけるのはおかしい」という世論が盛り上がりました。
16年3月、最高裁で家族の支払い義務を否定する逆転判決が確定。
裁判をたたかった長男の高井隆一さん(68)に話を聞きました。
事故から半年後の2008年5月、突然約720万円の損害賠償請求書がJR東海から届きました。信じられないことですが、私はJR東海の担当者と1度もお会いしたことがありません。突然、内容証明郵便が送られてきたり、不動産を仮差押えされたり、巨大企業の機械的で横暴な態度に翻弄され続けた8年間でした。
無施錠のフェンス扉
両親は二人暮らしでしたが、私の妻が単身で近所に移り住んで介護を助け、私も殆どの週末、横浜から愛知に帰りサポートしていました。
父はデイサービスから帰宅した夕方、一緒にいた母(当時85)が6~7分まどろんだ間に、道路に面した扉から出て行ったようです。その扉から出て行ってしまうのは初めてのことでした。家の別の玄関扉は父が近づくとチャイムが鳴るようになっていて、母は夜な夜なチャイムに起こされる生活を送っていたのです。目を離した母を責めることはできません。
現場のJR共和駅まで、父は1駅電車に乗ったと推定されています。「お金も持たず、ゆっくりとぼとぼとしか歩けない父がどうして?」と最初は信じられませんでした。父は電車の停車位置から150mほど離れたホーム先端のフェンス扉(無施錠)から、排尿のために線路に下りたと思われます。認知症とはいえ羞恥心がありましたから。
そのフェンス扉は一審の裁判中も無施錠のままでした。JR東海には「原因を究明して再発防止を」と考える職員はいなかったのでしょうか。父の死が無視されたようで、温厚で優しかった父を奪われた悲しみがより一層深くなりました。裁判所に判決をお願いする決意をした最大の要因です。
民法の解釈を変えた判決
一審はJR東海の主張を全面的に認めるものでした。裁判で争いになった民法714条(責任無能力者の監督義務者等の責任)は、明治時代の大家族制度を前提に「家族共同体の成員の不始末は家の代表者が無限定に責任を負う」という規定で、これを覆す判例は殆どなかったのです。自分の主張は間違っているのかと、和解せず判決に持ち込んだことを後悔しそうになりました。本当に孤独な闘いでした。
しかし、この判決がマスコミで報道されたことによって、内容に衝撃を受けた方々からの反響と応援が届き始めました。「認知症の人と家族の会」は、認知症の高齢者を「24時間、一瞬の隙もなく見守っていることは不可能」として、「あまりに認知症と介護の実態を知らない判決に怒り」とする見解を出してくれました。
介護保険に携わった厚労省の元官僚の方は、「我が国の認知症施策」「在宅で暮らすことが相当と考えられている理由」などを記した意見書を裁判所に提出してくださいました。みなさんの応援が本当に励みになりました。
逆転勝訴となった最高裁判決は、認知症700万人とも言われる時代を前に、世間一般の常識に合わなくなった民法の解釈を変え、介護している家族に安心と救いを与えたと思います。良い判例を残せて、ほっとしています。
【裁判の経緯】
2007年12月 JR東海道本線共和駅で高井良雄さん(当時91)が電車にはねられ死亡
2008年5月 JR東海より高井さんの遺族に対して、損害賠償請求(約720万円)が届く
2013年8月(一審) 名古屋地裁が高井さんの妻と長男に対して、請求額全額(約720万円)の支払いを命じる
2014年4月(二審) 名古屋高裁が高井さんの妻に対して、請求額の半額(約360万円)の支払いを命じる
2016年3月(最高裁) 最高裁がJR東海の損害賠償請求を否定する逆転判決
地域で支え合って
裁判では父の「徘徊」が焦点になりました。「徘徊」という言葉には、何を考えているのか分からない人が、無目的に歩き回るというニュアンスがあります。しかし、父は生まれ育った家やかつての職場など、必ず目的を持って歩いていました。「徘徊」という言葉は極力使わないでほしい。私は困っている方を見かけたら、優しく静かにお声がけしようと思います。認知症の方が尊厳を持って安心して暮らせるように、地域で支え合っていけたらと願っています。
『認知症鉄道事故裁判
閉じ込めなければ、罪ですか?』
著者:高井隆一
発行所:株式会社ブックマン社
定価:本体1600円+税
いつでも元気 2018.8 No.322