特集 リハビリ現場の会話術
聞き手・奥平亜希子(編集部)/写真・五味明憲
民医連の理学療法士、矢口拓宇さん(東京ほくと医療生協・王子訪問看護ステーション)が『患者さんがみるみる元気になる リハビリ現場の会話術』という本を書きました。矢口さんに話を聞きました。
みなさんは「理学療法士」をご存知でしょうか。脳の病気で体が不自由になったり、骨折した患者さんや足腰が弱った方に対して、体の動きが良くなるように指導するリハビリテーションの専門家です。また、体の状態に合わせ福祉用具の使用を提案することもあります。自宅での生活が少しでも良くなるように、生活環境を整えるのも仕事です。
入院中は「自宅へ帰る」という明確な目標に向かって頑張れるリハビリも、退院後は目標が見えにくくなり、思うように動かない体に落ち込んでしまう患者さんも少なくありません。たくさんの現場を抱えゆっくり患者さんの話を聞く余裕もない中で、私もうまくリハビリが行えないもどかしさに長い間苦しみました。
“聴く”に徹する
目標や意欲を見失ってしまった患者さんには「どんな優れたリハビリ技術を持っていても伝えられない」ということに気が付き、そこで出会ったのがコミュニケーションの重要性でした。
とはいえ、実は私は口下手です。雑談のうまい同僚を見習い、患者さんとの話題を盛り上げようとしましたがうまくいきません。しばらくしてふと「自分がしていた話は、患者さんの望む会話だったのか」と疑問に感じました。皆さんにも心当たりはありませんか? 場を盛り上げようとして、ご自身ばかりがしゃべっていることに…。
そこで私は自分がしゃべりたいことばかりを話すのをやめ、患者さんの話を「聴く」ことに徹しました。すると、患者さんがどんどんお話ししてくださるようになりました。
では実際に「話を聴く」とはどのようなことでしょうか。会話の基本は、「質問」「傾聴」「承認」の3つです。
例 質問によって相手が気付く会話例
(療法士)リハビリの目標は何でしょうか?(質問)
(患者) 歩けるようになりたいです
(療法士) 歩けるようになりたいのですね(傾聴)。歩けるようになったら何がしたいですか?(質問)
(患者) 歩いてトイレまで行きたいです。夫の手を煩わせたくないんです
(療法士) トイレまで歩いて行けるようになるためには、何が必要だと考えていますか?(質問)
(患者) 足の力をつけることだと思います
(療法士) 足の力はどうやってつけようと考えていますか?(質問)
(患者) 教えてもらった自主トレーニングをやろうと思っています
(療法士) 素晴らしいですね(承認)。毎日されているのですか?(質問)
(患者) 毎日はできてないんです。つい、億劫で…
(療法士) 毎日できるためには何が必要ですか?(質問)
(患者) そうですね。時間を決めてやってみます。夜寝る前にやろうと思います
以上の会話例のように、質問や傾聴の中で患者さんが自ら気付くことでやる気が高まり、自発的に行動できるようになります。
会話の基本
(1)質問
会話における「質問」は、質問によって相手が考え、言葉にすることによって“気付く”ことが目的です。
(2)傾聴
話をどのように聴くかはとても重要です。あなたが話をしているとき、相手が関心の薄い態度だったら話したくなくなりますよね。聴き方には3つの要素があるので、どれか1つでも会話の中で実践してみてください。
(3)承認
承認とは相手を認めること。分かりやすく言うと「ほめる」ことです。
承認には、できたことをほめる「結果承認」、行動そのものをほめる「行動承認」、相手の存在そのものをほめる「存在承認」の3つがあります。
できたことをほめるのはもちろん、たとえ結果が出なくても、「毎日○○をやっているなんてすごい!」と、行動自体を認めることによって、次の行動を促すことにつながります。
行動や結果ばかりを気にしていると、何もしていない人をどうほめたらいいのか分からなくなるかもしれません。そんなときは「今日会えてうれしかった」「あなたといると元気が出る」など、存在そのものを認めると、相手も元気になります。
気持ちを前向きにする会話
どのように話をしたら気持ちが前向きになり、リハビリに積極的に取り組んでもらえるのか、という課題に日々向き合っています。
10年前に脳梗塞になり足に麻痺が残る50代のKさん。身の回りのことをしてくれた夫を数カ月前に亡くしました。自分でしなければならないことが増え疲労が溜まり、よく転ぶように。固定力の高い装具の使用を提案しましたが、「今のままでいいわ」と消極的でした。
あるときまた転んでしまい、肘に大きなアザが…。転んだ状況を淡々と教えてくれましたが、「どうやって立ったんですか」と聞いたとき、彼女の表情が曇りました。「床から1人で立とうとしたとき“あ、もう夫はいないんだ”って思ったんです。そしたら急に寂しくなって…。体よりも、心が痛かったんです」と絞り出すように答えてくれました。暗闇の中で困難な状況に立たされたとき、家族を亡くした喪失感を際立って感じたそうです。
私は「話してくださりありがとうございます。ご主人を亡くされてから1人で頑張ってきたのではないでしょうか。そのせいで体が硬くなり転びやすくなっていると感じます。今は簡易型の装具を使っていますが、現在の足に合った装具を作ってみませんか。もう十分頑張っています。人や道具に頼ってもいいんですよ。私は、Kさんが少しでも楽に過ごせるお手伝いがしたいんです」と伝えました。
するとKさんは、それまで消極的だった装具の提案を受け入れてくださいました。後日、完成した装具を履き「これはいいわね。歩きやすい」と喜んでくれました。
聴き方で重要な3つの要素
ペースを合わせるペーシング
声の大きさやリズム、呼吸などを相手のペースに合わせる方法。相手がゆっくり話していれば、こちらもゆっくり話します。
ペーシングをうまく行うコツは「アゴの動きに合わせる」こと。相手がうなずきながら話していれば、その動きに合わせてうなずきながら聴きます。「自分のペースに合わせてくれている」と無意識にでも感じてもらえれば、相手は安心して話ができるようになります。
動きを合わせるミラーリング
相手の姿勢(座り方など)や表情、身振り・手振りなどを鏡にうつしたように合わせる方法です。ただし、まったく同じように動いてしまうとかえって不自然なので、相手の動きに合わせつつ、相手よりも小さい動作を意識してみてください。
言葉を返すバックトラック
いわゆる“おうむ返し”です。
「○○がおいしかった」に対して、「○○がおいしかったんですね」と、ただ繰り返すだけですが、相手は自分の言ったことを「分かってもらえた」と感じます。長い話の場合は「~が楽しかったんだよ」に対して、「楽しかったんですね」と最後の部分を繰り返すだけでOKです。
ただし、相手の話が真実かどうか分からないときは注意が必要です。たとえば「家族に迷惑をかけている」と言われた場合。本当に家族が迷惑と思っているかは分かりません。「迷惑をかけているんですね」と返してしまうと、勘違いを助長させる可能性もあるので「迷惑をかけていると感じているのですね」のように、患者さんの気持ちや感じ方に寄り添うように言葉を返してみてください。
同じ悩みを持った仲間に向けて
毎日リハビリに励む患者さんと接する私も実は障害者です。高校までは健康そのもので、毎日学校に通い部活のバレーボールに打ち込んでいました。
異変が起きたのは19歳のとき。目の中に現れた小さな点は、次第に私の視野の一部を奪い、極度の弱視となりました。失明の可能性もある中で、「もう車の免許も取れない。大好きなバレーボールもできない。希望の大学にも行けない」と、自分の状況を受け入れられず「どうしておれが障害者になったんだ!」と母に当たったこともありました。そんな中で知ったのが、視覚障害者のための特別な大学にある「理学療法科」でした。
リハビリで扱う病気や障害は完治できるものばかりではありません。リハビリは機能を回復させる希望であると同時に、歩けなくなったこと、動かせなくなったことなど「できないことに向き合う時間」でもあります。つらい時間です。患者さんはやる気が出なかったり、愚痴を言いたくなったりもします。
患者さんの気持ちを“会話”から受け取り、体も心も少しでも良い方へ向かうようにしたいと思いました。必ずしも言葉でのコミュニケーションだけではありません。表情やしぐさから伝わる「あなたを支えたい」という気持ちが大事だと確信しています。
コミュニケーションに悩む専門職のために、本を書きました。会話を通して、病気に苦しむ患者さんやご家族を勇気づける仲間になってもらえたら嬉しいです。
伝え方の視点を変える
会話の中では、承認=ほめることも大事ですが、ほめたつもりが「おだてられた」と捉えられ、嫌がる人もいます。そんなときは自分を主語にする「I(アイ)メッセージ」で伝えてみてください。
“I”は英語の“私は”という単語です。Iメッセージでは「私は~だと思う」と伝えます。Iメッセージの逆に「YOU(ユー)メッセージ」があります。これは「あなたは~ですね」という伝え方です。
たとえば、YOUメッセージでいうと「あなたは優しい人ですね」。これをIメッセージにすると「私は、あなたは優しい人だと思います」。どちらも同じことを言っていますが、受け取り方は違ってくるのではないでしょうか。
気持ちを強く伝えたいときはYOUメッセージで、ほめられるのが苦手な方にはIメッセージで伝えてみてください。
患者さんがみるみる元気になる
リハビリ現場の会話術
発行所:(株)秀和システム
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いつでも元気 2018.7 No.321