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いつでも元気

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特集 避難所を考える

クレジットのない写真は「避難所・避難生活学会」提供

災害関連死を防ぐために

昨年の熊本地震の避難所。土間に毛布を敷いている

 7月上旬に九州北部を襲った豪雨では、死者・行方不明者が41人にのぼりました。日本では毎年のように大きな地震や土砂災害が起きますが、被災者が生活する避難所は劣悪なまま。白黒写真は1930年の北伊豆地震(静岡)の避難所で、床に雑魚寝のスタイルは87年前と今もあまり変わりません。災害関連死を防ぐためにも、避難所の改善は急務です。

災害対策の専門機関で過去の教訓を活かせ

聞き手・新井健治(編集部)

 9月1日は「防災の日」。日本の災害対策と避難所について、
 立命館大学特別招聘教授で災害復興学会監事の塩崎賢明さんに聞きました。

塩崎賢明さん  
立命館大学特別招聘教授

日本の災害対策の問題点を指摘する塩崎さん(撮影・酒井猛)

 東日本大震災以降、昨年の熊本地震のように大きな地震が毎年のように起きています。また、豪雨や台風による水害や土砂災害はもはや“非日常”ではなく、“日常”と化したともいっていいでしょう。「大規模災害がいつ、自分の住む町で起きても不思議ではない」-。防災を考えるうえで、まずは根本的な価値観の転換が迫られています。
 災害対策は(1)起きる前の準備(2)起きた瞬間に命を守る(3)避難生活と復興、の3点に分けられます。日本は災害が起きる前段階の防潮堤建設やレスキュー部隊の編成、避難訓練などには熱心ですが、避難所対策は極めておろそか。病気にたとえれば、予防医学はあっても治療体制がないに等しいのです。
 九州北部豪雨では、空調設備のない体育館も避難所になり「まるで蒸し風呂」と被災者から悲鳴が上がりました。多くの被災者は相変わらず床に毛布を敷いて生活しており、隣の住民との間に仕切りもなくプライバシーがありません。食事はおにぎりや菓子パン、カップラーメンが主流。トイレはまるで工事現場にあるような簡易なものが林立しています。
 日本と同じ地震大国のイタリアの避難所には数百ものテントがあり、家族単位で入ります。空調は完備され床はじゅうたん、ベッドは人数分が確保されています。

震災関連死が3倍にも

 昨年4月の熊本地震では、建物崩壊の圧死などによる直接死50人に対し、避難生活などが原因の「震災関連死」が180人以上にも及びました。ストレスが多く感染症も発生する避難所や、住民が孤立化する仮設住宅などが原因です。
 なぜ、日本の避難所はこんなに劣悪なのでしょうか。それは「災害救助法」に基づいた自治体の備えが脆弱だからです。各自治体の備蓄倉庫には非常用物資として水やアルファ米、毛布、組立式仮設トイレなどを備えていますが、旧態依然。阪神大震災以前からほとんど変わっていません。
 これだけ災害が頻発しているにもかかわらず、政府、そして住民にも「非常時だから仕方がない」「我慢するしかない」との意識があります。
 政府の方針を変えるのはもちろん、劣悪な環境に甘んじている被災者と国民も意識を変えなければいけません。欧米なら非常事態でも、家族の暮らしを守る確固とした意志があります。

五輪後に解散する復興庁

 大規模災害が年中行事のように起きることを想定し、過去の経験を蓄積し諸外国の事例にも学んで、住民本位の避難所をつくることは日本の必須の課題です。
 ところが、政府の「復興庁」は東日本大震災の復興が主な任務。東京オリンピックまでの時限組織で、五輪が終われば解散してしまいます。通常の避難所対策を担うのは内閣府の防災担当ですが、内閣府の職員は各省庁からの寄せ集め。出向者は3~5年で交代し、過去の教訓を活かすことはできません。これが日本の仕組みの根本的な欠陥です。
 東日本大震災では劣悪な仮設住宅も問題になりました。部屋の広さは30平方メートルと狭く、防寒対策も積雪対策も十分ではないお粗末なもの。当初はお風呂の追い炊き機能さえありませんでした。これも職員に災害対策の経験がないからです。
 ちなみにイタリアの仮設住宅(CASE住宅)は、夫婦2人なら2LDK(60平方メートル)、家族6人なら4LDK(100平方メートル)が基準で、家具や食器、電化製品も付いています。

「防災・復興省」の創設を

 東日本大震災の復興には既に26兆円も使っていますが、多くが震災に便乗した大規模開発のために費やされました。被災者に温かい食事を提供する、避難所に簡易ベッドを導入することに何兆円もかかるわけがありません。災害が起きるたび、場当たり的に対応しているからおかしなことになるのです。
 世界有数の地震大国である日本こそ、災害対策を専門にした政府機関が必要です。欧米を例にとると、イタリアには「市民安全省」、アメリカには「連邦緊急事態管理庁」があります。日本も復興庁のような時限組織ではなく、「防災・復興省」(仮称)を常設すべきです。
 また、民医連の皆さんにお願いしたいことがあります。災害直後にはDMAT(災害派遣医療チーム)などが活躍しますが、避難所運営にかかわる医療団体は少ない。民医連には、医学的な観点から避難所の環境整備についても提言してほしいと思います。


塩崎賢明
京都大学卒。神戸大学教授を経て2012年より立命館大学教授。災害復興学会監事、日本住宅会議理事長、兵庫県震災復興研究センター共同代表理事。『復興〈災害〉』(岩波新書)など著書多数


被災者の命を守る「TKB」

聞き手・宮武真希(編集部)

 災害後の避難生活で健康状態を悪化させて亡くなる「関連死」は、「直接死」を上回ることもあります。

 「避難所・避難生活学会」理事で、国内外150カ所以上の避難所を視察した
 水谷嘉浩さんは「新しい避難所のあり方」を提言します。

避難所・避難生活学会理事
水谷嘉浩さん

イタリアの避難所を解説する水谷さん(撮影・豆塚猛)

 持病の悪化や疲労の蓄積、肺炎などの感染症は、避難所を改善することで防げるのではないかと考え、2年前に避難所・避難生活学会を立ち上げました。車中泊で起こりやすい「エコノミークラス症候群」(静脈血栓塞栓症)を防ぐため、弾性ストッキング(血栓を防ぐ医療用ストッキング)の普及も呼びかけています。
 2012年、マグニチュード6の地震に襲われたイタリア北部ボローニャ州の避難所を視察しました。同国は大規模災害が起きると、州単位の専門機関(市民安全省)が被災自治体の要請を待たずに出発。トラック数十台で被災地に入り、家族単位のテント型避難所やトイレとシャワーが一体になったユニット、キッチンカーの付いた食堂を48時間以内に設営します。
 日本の被災地では、自らも被災した自治体職員が避難所も運営せざるを得ないため迅速に対応できません。イタリアでは外部の専門家や被災自治体以外の職員が被災地に入り、過去の経験を活かして避難所を運営する仕組みになっています。

イタリアの避難所は?

 当学会で提唱する避難所の改善点を、それぞれの頭文字をとり「TKB」と呼んでいます。「T」はトイレ、「K」はキッチン(食事)、「B」はベッド(睡眠)です。この3つの環境を改善すれば、被災者の疲労感や失望感を減らし、復興への意欲や日常に戻る原動力になります。日本とイタリアの避難所を比較しながら改善点を提案します。

KB トイレ

【日本の避難所】

 日本の避難所には、工事現場にあるようなひと1人が入るのが精一杯の狭いトイレが大量に届きます。しかし、ほとんど使われていません。排泄はトイレさえあればできる、というものではなく人間の尊厳に関わることです。臭いや音を気にせず、衛生的で落ち着いた環境であってこそ排泄できる。ちょっとホッとする時間とか、リフレッシュするとか、トイレにはそういう役割もあります。
 また、日本の簡易トイレは屋外にずらりと並びます。高齢者が夜中に真っ暗な避難所で、床に人が寝ているところをかき分けて外に出るなんて無理だと思いませんか。トイレを我慢するために水分を控え、血栓ができるなど健康を損なう事例が相次いでいます。

【イタリアの避難所】

 イタリアではトイレとシャワーが一体となったユニットが、数十台も避難所に届きます。トイレのスペースは日本の5~6倍。個室で奥にシャワーがあり、手前には洗面所があります。スロープが付いており、車いすでも利用できます。

トイレとシャワーが一体となったユニット。
イタリアの避難所で

益城町の避難所の仮設トイレ(昨年の熊本地震)

益城町の避難所の仮設トイレ(昨年の熊本地震)

 
 

B キッチン

【日本の避難所】

 炊き出しが可能な避難所を除き、おにぎりやパン、カップラーメン、コンビニ弁当を配るケースが目立ち、体を壊すのは当たり前です。配られた食事は、そのまま寝床で食べるので不衛生です。

【イタリアの避難所】

 避難所に隣接した場所にテント型の食堂スペースを設け、厨房の付いたキッチンカーがやって来ます。調理師が温かい食事を作り、被災者が集まって一緒に食べます。
 日本は災害救助法により、避難所で供給される食事は「1人1日当たり1110円以内」と決まっています。イタリアでは1食分が7ユーロ(約1000円)。ちなみに、ワイン付きです。「贅沢だ」と思う人もいるかもしれませんが、イタリアでは当たり前の文化なのです。
 熊本地震のときに、食堂スペースを設けた避難所がありました。被災者は集まって食事をしながら「お互いの苦しみを話すことで、気持ちが楽になった」「泣きながら思いを吐き出し前向きになれた」と話していました。皆で温かい食事を食べながらちょっとホッとする、それが精神的にも良いと思います。

 
イタリアのテント型の食堂スペース。奥に厨房機器を積んだトラックが横付けされ調理師が料理していた

イタリアのテント型の食堂スペース。奥に厨房機器を積んだトラックが横付けされ調理師が料理していた

イタリアの避難所の食事

イタリアの避難所の食事

 
 

TK ベッド

【日本の避難所】

 ただでさえ疲労している被災者が、体調を崩さないためには毎晩ゆっくり眠ることが大切です。ところが現状は体育館などの床に毛布を敷き、狭いスペースでの雑魚寝が中心。仕切りがなくプライバシーも保てません。床の埃を吸い込んでしまうため、感染症にもかかりやすくなります。

【イタリアの避難所】

 1~2家族単位でテントを設営します。テントの中に簡易ベッドを置き、床には絨毯が敷いてあります。エコノミークラス症候群を防ぐため、欧米の避難所はベッドが当たり前です。

熊本地震で段ボールベッドを導入した益城町

熊本地震で段ボールベッドを導入した益城町

 
 

段ボールベッドの普及を

 イタリアには及ばないまでも、できる範囲で避難所の環境を良くしようと、ダンボール会社の私が考案したのが「段ボールベッド」です。東日本大震災のあと、「避難所で凍死された方がいる」と知って試作。間仕切りが付き、プライバシーにも配慮しています。子どもや高齢者でも工具なしで簡単に作れ、15分~20分で完成します。
 3月に北海道で実験したところ「床で寝るのと比べて背中の温度が9度も高い」ということが分かりました。ダンボールは壊れやすいと思うかもしれませんが、均等加重で7tの重さに耐えられます。ダンボール業界全体で半数近くの都道府県と防災協定を結び、要請があれば段ボールベッドを導入する手はずを整えました。

担当省庁に提言

 避難所・避難生活学会が参考にしているのが、アメリカの疾病管理予防センター(CDC)が作成した「災害時避難所環境アセスメントスコア」です。参考までに「避難所における子どもの遊び場」に関する項目を紹介しました。他に「設備」「食事」「医療」など全部で60項目のスコアがあります。日本もこうした基準を設け、避難所の環境を改善すべきです。
 当学会会長で新潟大学の榛沢和彦医師は、エコノミークラス症候群を防ぐために「弾性ストッキングの着用、こまめな水分補給、運動」を提唱し、各種学会でも発表しています。
 避難所の改善は、国民の利益になります。学会はこれまでも、政府に防災行政のあり方を陳情してきました。今後も担当省庁と勉強会を開き、避難所の改善を提言する予定です。


水谷嘉浩
避難所・避難生活学会理事、
事務局。
Jパックス株式会社(大阪府八尾市)代表取締役

いつでも元気 2017.9 No.311