いつでも元気

2017年7月4日

医療と介護の倫理 「がん告知時代の倫理」

堀口信(全日本民医連 医療介護倫理委員会 委員長)

 私が医師になったばかりの1980年代、がんは早期であれば告知されることはあっても、進行がんではほとんど告知されませんでした。
 90年代になって、進行した肺がんを告知するケースが増えてきました。「患者に隠さない時代」が始まったと、衝撃を受けたことを今でも覚えています。
 特に93年から95年にかけて、がん告知率は18%から28%に大きく伸びました。「患者の知る権利」が、医療現場で浸透してきたことが背景にあります。
 それから20年以上が経ち、進行がんでもかなり多くの方が告知を受けるようになりました。「がん告知時代」の今、患者さんやご家族にとって、より良いがん告知について倫理的な課題を考えてみたいと思います。

本人が告知を希望しない

 Aさんは70代男性です。咳と痰が続き、検査目的で入院して大腸がんと肺転移が見つかりました。入院当初から本人も家族も本人へのがん告知を希望せず、家族のみに病名を伝えて一度退院しました。
 その後、腸閉塞を起こして再入院し大腸の緊急手術が必要になりました。この時点で「告知せずに手術することは難しい」と主治医が家族に話し、了解をいただきました。本人には「大腸がんですぐ手術が必要です」と伝えました。本人の承諾を得ましたが、手術直前に呼吸不全で亡くなりました。
 告知の直後、本人から「告知してもらってよかった。知らなかったら、いくつもの病院を回ったかもしれない」と言われました。ただ本人は自身の病状を「大腸がんの傾向」と家族に話しており、「助かるために手術をする」という気持ちが強かったようです。
 真実を知ることへの恐れと、知らないことへの不安で人の心は揺れ動きます。Aさんのように本人が告知を希望しなかった場合でも、検査や治療変更など節目ごとに本人の希望を問い直すべきだと思いました。

病名と余命の違い

 2007年の厚生労働省研究班の報告によれば、がん患者への病名告知率は66%で、ほぼ7割のがん患者は告知を受けています。一方、がんが進行した場合、「あとどのくらい生きられるか」という余命の告知率は30%まで低下します。
 08年の日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団の調査では、「治る見込みがなくても病名を知りたい」という人は50代以上で69%前後、30代では80%でした。
 がんの告知は治る見込みの高い「早期がん」、かなり進んだ「進行がん」、さらに「余命」に分けられ、段階的に告知が難しくなります。一方、働きざかりの年代では病状が進んでいても告知を希望するケースが多いようです。

判断に迷うケース

 がんの告知をめぐり、本人と家族の考え方が違い判断に迷うケースがあります。なかでも家族が告知に反対している場合、「本人が希望すれば告知すべきか」というのは難しい問題です。
 終末期医療において、本人が食べられなくなったときに経管栄養を受けるかどうかについて、事前に家族で話し合ってもらうことがあります。同じように元気なときから、「がんが見つかったらどこまで知りたいか」について、家族で話し合っておくことも大切でしょう。
 さらに告知前後に動揺する本人や、家族をどうやってサポートするかも大事な視点です。これらの問題について次回、別の事例を紹介しながら考えてみたいと思います。

いつでも元気 2017.7 No.309

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