いつでも元気

2004年6月1日

特集2 新しい感染症の時代に 克服したと思われていたのになぜ?

病原体の絶滅は不可能。科学的な対策を

感染症は20世紀に克服したと思われていたのに、SARSや新型インフルエンザなど新たな感染症が社会問題になってきています。どう考え、どう対処すればいいのでしょうか。

天然痘は根絶、結核も減少

 私が医学生であった1980年5月に天然痘の根絶宣言が世界保健機関(WHO)より発表されました。
 予防法である種痘がイギリスの医師、ジェンナーによって発表されたのは1796年。天然痘は非常に感染力が強く死亡率の高い病気として恐れられ、18世 紀後半に英国では4万人以上が天然痘のために死亡していたといわれています。
 日本でも明治年間(1868~1912)に、2~7万人の流行が6回あり、5千~2万人の死亡者がでました。
 この天然痘に対して1958年にWHO総会において世界天然痘根絶計画が可決され、19年後の1977年、ソマリアでの患者発生を最後に天然痘患者の発生はなくなりました。
 日本の国民病といわれた「結核」もこのころには発生数も減少し死因統計上も上位10位から姿を消していました。
 人類は感染症をコントロールできる時代になった、感染症の時代は終わったといわれていました。医学の主要な研究分野はがん、心臓病、脳こうそくなどの循 環器疾患、糖尿病などの代謝疾患に移っていきました。これと同時に感染症の研究者や、感染症に強い臨床医は徐々に減ってきました。

感染症の反撃!

 しかしその後、後天性免疫不全症候群(AIDS)の広がりや、病原性大腸菌O・157の流行、エボラ出血 熱で村が消滅するなどということがおき、そして大流行こそないもののこの1~2年話題になっているSARS(重症急性呼吸器症候群)、新型インフルエンザ など、次々に新しい感染症が私たちの生活を脅かすようになってきました。家畜領域のBSE(ウシ海綿状脳症)や高病原性鳥インフルエンザも人間への感染が 心配されています。

新興感染症、再興感染症

 「新興感染症」と「再興感染症」ということばがあります。

 これは、1995年にクリントン大統領に提出された感染症に関するワーキンググループの報告書で使われたことばです。95年当時から20年以内に発見さ れた病原体による感染症を新興感染症、それ以前に発見された病原体による感染症で最近20年の間に増加してきたものを再興感染症としています。
 【表1】は新興感染症といわれている病原体の例です(95年以降も記載してあります)。
 再興感染症の代表的なものは結核です。新興感染症であるAIDSが世界的に蔓延し、それと平行して結核も再び広がりだしています。あらためて感染防止対 策の強化が求められています。日本でも最近では、各地で集団感染事例が報告されています。
 また、これまでの薬がきかなくなったメチシリン耐性黄色ぶどう球菌(MRSA)など各種耐性菌や、耐性マラリアが出現し、新たな脅威となっています。
 地球規模で眺めてみると、実に全死亡者の三分の一が感染症で亡くなっています。感染症はまだまだ克服されていないのが現状なのです。

表1 1975年以降に発見された病原体による新興感染症
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感染症対策の現状〈法律〉

 1999年、近代日本の感染症対策の基本であった「伝染病予防法」が100年ぶりに大幅に改定されまし た。改定されたというより、まったく新しい考え方で装いも新たに「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」として施行されま した。前文が次ページの【表2】です。

表2
感染症の予防及び感染症の患者に対する
医療に関する法律の前文

人類は、これまで、疾病、とりわけ感染症により、多大の苦難を経験してきた。ペスト、疱そう、コレラ等の感染症の流行は、時には文明の存亡の危機に追いやり、感染症を根絶することは、正に人類の悲願といえるものである。
医学医療の進歩や衛生水準の著しい向上により、多くの感染症が克服されてきたが、新たな感染症の出現や既知の感染症の再興により、また、国際交流の進展等に伴い、感染症は、新たな形で、今なお人類に脅威を与えている。
一方、我が国においては、過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群(AIDS)等の感染症の患者に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である。
このような感染症をめぐる状況の変化や感染症の患者等が置かれてきた状況を踏まえ、感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ適確に対応することが求められている。
ここに、このような観点に立って、これまでの感染症の予防に関する総合的な施策の推進を図るため、この法律を制定する。

「隔離」も感染防御の方法だが

 感染症に対して対応する手立てがなかった時代には、感染症は「伝染病」とよばれ、罹患した患者は「隔離」され、他に「伝染」しないようにすることが社会秩序の維持のために必要と考えられてきました。
 もちろん種々の治療手段がある現在でも、隔離は感染を防ぐ方法です。院内感染対策で行なわれている標準予防策は、手洗いの励行など、まさに汚染源を他の 環境から遮断する方法ですし、空気感染の予防も、空間の分離という方法をとっています。
 しかし、ここで大事なのは、感染症の原因に対してふさわしい対策を適切にとるということであり、必要以上に過剰に反応することはないということです。

いわれのない差別が存在

 「らい予防法」や「エイズ予防法」の反省は新しい感染症法には生かされていますが、残念ながら、社会はそこまで成熟していません。相変わらず、感染症、感染症患者に対するいわれのない差別が存在することも事実です。
 最近おきた養鶏場での鳥インフルエンザの報告の遅れや感染の疑いを持ちながらも出荷してしまったことも、いわゆる風評被害に対する過剰反応で、かえって 社会的に許されない行為を行なってしまったように考えられます。

感染症対策の現状〈体制〉

 感染症に関わる公衆衛生行政の第一線のセンターは保健所です。
 一口に感染症といっても、感染症法にもとづく病気、食品衛生法にもとづく食中毒、コレラやペストなど検疫法にもとづく病気、家畜伝染病予防法に伴う家畜 の感染症などがあり、法律もさまざま、担当部署もさまざまです。
 そのうえ、保健所の統廃合で現場の人員が削減され、機敏な対応が十分にできないのが現状です。
 アメリカではCDC(center for disease control and prevention=米国国立防疫センター)という巨大な組織 があり、日本の何倍もの人材を感染症対策に投入し、アメリカ国内だけでなく、世界中での感染症対策で大きな役割を果たしています。
 わが国でも、O・157のような大きな事例の場合には保健所が中心になった公的な行政的対応が非常に重要で、力も発揮します。感染症の蔓延は「社会の危 機」という視点での予算措置、組織整備が求められています。

感染症対策の現状〈教育〉

 先に述べたように感染症を専門にする研究者が日本では減ってきています。あわせて感染症を教育するスタッフも減少してきています。
 アメリカでは大きな病院には常勤の感染症専門医がいて、病院感染対策などに取り組んでいますが、日本ではとてもそのような情況にありません。
 また、最近の結核の流行に関しては「患者の受診の遅れ(patient,s delay)、医師の診断の遅れ(Doctor,s delay)」の合わ さったものといわれています。つまり患者側も医療者側も結核に対する知識も意識もうすくなっていたのです。
 しかし、この間の感染症に関わるさまざまな社会的な情況の変化で、感染症に興味をもちながら学ぶ若い医師が増えてきていることも事実です。感染症教育を 専門に、若手医師や研修医に教育を行なっている感染症専門医も生まれています。

技術の進歩と国際協力で

 新型肺炎、いわゆるSARSの報告は世界を震撼させました。香港、ベトナム、カナダなど時期を同じくして (感染症の性格から考えるとあたりまえですが)さまざまな場所で患者が発生したのです。感染症対策はもはや一国の問題ではなく、国際的に協力体制を組んで とりくまなくてはならない課題であることが明らかになりました。
 その後、WHOやCDCのチームをはじめとした各国の感染症対策チームが現地を訪れ、対策と原因の究明に当たってきました。そして、報告から約二カ月で 病原体がコロナウイルスであることが確認されることになりました。まさに、技術の進歩と国際協力のネットワークによる成果です。
 ワクチン開発など本格的予防対策についてはこれからですが、この教訓は今後の感染症対策に生きてくるでしょう。

感染症に対してできること 

 感染症が発生するには三つの要素があるといわれています。感染症の原因になる病原体、感染症を起こす個体(宿主)、そして、病原体が宿主に到達するための感染経路です。
 病原体に対する私たちの武器「薬」は日々進歩してきていますが、病原体側も生物です。厳しい環境に打ち勝つすべを自分たちの遺伝子に組み込み、薬に打ち 勝つ力を身につけていきます。病原体を絶滅させるのは不可能で、この技術進歩は「いたちごっこ」をしているにすぎません。
 宿主の防御力という面では、高齢者がふえたことや、効果的ではあるけれども体力(免疫力)の低下を伴う治療法の進歩などが、むしろ感染症になりやすい情況を生んでいます。

基本は「手洗い、うがい」

 私たちが自らの努力でできるのは、感染経路の遮断です。「手洗い、うがい」は感染対策の基本中の基本です。手やのどについた病原体が体の内部に入る前に洗い流す。このことの徹底が院内感染を防ぐことにもつながっています。
 病原体によっては空気にのって漂うものもあります。この対策は少し厄介ですが防げないものではありません。特殊なマスクや空調設備で対応できます。
 また、予防接種で防ぐことができる、あるいは、発症しても症状を軽くすますことができるワクチンも開発されています。これらの接種をすることも大事なこ とです。

正しい情報、科学的行動を

 最後に国立感染症研究所感染症情報センターのホームページをご紹介します(※)。感染症の正しい情報を入手すること、その情報にもとづいた科学的行動をとることが、これからの感染症対策では重要ですし、市民としてのモラルだと思います。
 民医連でも『民医連における結核症への対応』(99年発行)や院内感染防止のための『みんなではじめる感染予防』(01年発行、04年改訂)を作成、普 及しています。参考にしてください。

いつでも元気 2004.6 No.152

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