いつでも元気

2016年12月29日

まちのチカラ・高知県馬路村 ゆずの香りと森林鉄道

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文・写真 牧野佳奈子(フォトライター)

 ゆずドリンク「ごっくん馬路村」で有名な高知県馬路村。
 11月の収穫期にはたわわに実った黄金色の果実が風景を彩り、ほんのりと甘酸っぱい香りがどこからともなく漂います。
 村の96%が森林という中山間地にも関わらず、訪れる人は年間6万人にも。村の魅力を探しに行きました。

 JR高知駅から車で約2時間。安田川に沿って上流に向かい、村に入ると間もなく「まかいちょって家」の「ごっくん坊や」が出迎えてくれました。馬路村のイメージキャラクターです。“まかいちょって”とは、土佐弁で“任せておいて”という意味。ここに立ち寄れば、村の全てが分かる総合案内所です。
 馬路村といえば、1988年に商品化され大ヒットした「ごっくん馬路村」で有名。村名を前面に押し出した商品は、瞬く間に全国ブランドに。販売元の馬路村農協は、それまで8000万円だった売上を伸ばし、30億円を超えるまでに成長しました。ゆずの加工商品数は80種以上で、果汁や果皮だけでなく種の油を利用した化粧品も開発されています。

村ごとブランド化

 馬路村農協は「ゆずの森」の看板が立つ雑木林の奥にありました。木造2階建てで、玄関の正面には「よう来てくれました。ゆっくりしていきよ」とメッセージが。誰でも加工場と荷造り場を見学できるのです。
 2階のフロアには通販事業のコールセンター、デザイン室、研究室があります。見学すると「ごっくん馬路村」を1本もらえる嬉しいサービスも。広いラウンジにはさまざまな広報物や写真が貼られていて、ゆず生産者の息遣いが聞こえてくるようです。
 農協の広報物はデザインが統一されています。“田舎らしさ”を表現するため、村人を描いた可愛いイラストとともに、土佐弁のキャッチコピーを手書き文字で記載。同じく手書きの温かいメッセージが、村のあちこちにある案内用の看板にも記されています。  「デザイナーと一緒に、村の良さや農家の思いも伝えられるように努力しています」と農協広報係の本澤侑季さん。ゆずだけでなく、村の魅力をぎゅっと絞った馬路村ブランドです。

ゆずの収穫。仕事を休んで作業を手伝う家族もおり多忙を極める

ゆずの収穫。仕事を休んで作業を手伝う家族もおり多忙を極める

 

「待っちゅう人がおる」

 取材した11月初旬は、ちょうどゆずの収穫期。ゆず畑でお話を聞かせてくださったのは、馬路村に嫁いで50年の尾谷直子さん。昔は会社勤めの傍ら手伝っていたそうですが、今は剪定作業も1人で行っています。
 「一番大変なのは収穫。期間が1カ月半しかないき、木を低うして短期間で穫れるように剪定するんですよ」。
 収穫は1つ1つ手作業。専用の長いハサミで切り取った実をいったん地面に落とし、後から余分な枝を切り落としてカゴに入れます。「大変じゃけど、玉(ゆず)を待っちゅう人がおるきね。それはやっぱり嬉しいね」。
 昔ながらのゆず料理を尋ねると、「佃煮は本当に美味しいですよ」と本澤さん。他にも種を漬けた焼酎を手足に塗るとカサカサが治るなど、ゆずは万能のようです。
 収穫した果実は市場に出さず、全て馬路村農協が買い取って自家加工しています。生産者の所得を保障するためですが、それでも将来は高齢化による収穫量の減少が懸念されています。「栽培できない畑が増えた時に備えて、今年から農協の全職員がゆず栽培の研修を受けています」と本澤さん。全国にいる馬路村ファンとのつながりを糧に、“ゆずの村”の挑戦は続きます。

文化を運んだ森林鉄道

 ゆずの栽培が盛んになる前まで、村の基幹産業は林業でした。全国的にも珍しく1村内に2つの営林署があったほど。1963年まで木材の輸送を担った森林鉄道が、産業や文化の大動脈として地域を発展させました。
 森林鉄道は、青森の津軽森林鉄道に次いで1911年に導入され、42年には本線と支線の総延長が約300kmにも及んだそうです。「まかいちょって家」から安田川を眺めると、茂みの中に線路跡と隧道が見え、当時を偲ぶことができます。
 村の中心部から車で30分、曲がりくねった山道の先の魚梁瀬集落に、森林鉄道で使ったディーゼル機関車が保存してあります。見た目はシンプルながら重厚なつくり。前方部分に突き出た足場は、線路が滑りやすい時に人力で砂を撒くためのものです。週末には体験乗車ができ、全国各地から鉄道ファンが訪れます。
 魚梁瀬集落はもともと、四国地方屈指の「魚梁瀬ダム」の位置にありました。鉄道文化が廃れてきた1954年、集落に巨大ダム建設計画が持ち込まれ、住民が強固に反対したものの65年に完成。代わりに道路が整備され、集落が丸ごと高台に移転しました。現在、穏やかなエメラルドグリーンの人工湖には、集落に続く大きな赤い橋が架けられています。

日本三大美林の天然杉

 魚梁瀬集落からさらに山奥に30分ほど車を走らせると、日本三大美林の1つ「魚梁瀬杉」が立ち並ぶ千本山の麓に着きます。魚梁瀬杉は秋田杉や吉野杉に並ぶ美杉として、高知県の県木に選ばれている天然杉。登山口では、林野庁が全国の国有林から選んだ「森の巨人たち百選」の1つ、樹齢250年の「橋の大杉」が出迎えてくれます。
 案内してくれたのは「魚梁瀬山の案内人クラブ」の井上真共さん。登山口から約1時間半の展望台まで、魚梁瀬杉の神秘を十分に堪能できました。そもそも千本山は、見渡すだけで千本ほど杉の木が見えることが名前の由来だとか。どの杉もそれぞれ樹齢数百年で胴回りが太く、高さ40m以上も真っ直ぐに立ちそびえる様はまさに圧巻です。温暖多雨の気候が育んだ大自然の中で木漏れ日を浴び、心が洗われる気分でした。
 林業は衰退しましたが、豊富な森林資源を使った新たな商品が生まれました。スギの間伐材を使ったバッグ「monacca」。木目を活かした斬新なデザインが話題を呼び、ニューヨーク近代美術館のミュージアムストアでも販売されるなど注目を集めています。
 人口約900人の小さな村ですが、住民票がなくても登録できる「特別村民」は、全国各地に1万人を超えています。ぜひ、馬路村に足をお運びください。

■次回は東京都利島村です。

いつでも元気 2017.1 No.303

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