いつでも元気

2014年8月1日

特集1/崩れる国民皆保険/経済的理由で手遅れ死56人/全日本民医連調査

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たまち薬局の窓口で

 五月一九日、全日本民医連が都内で記者会見をおこない、「経済的理由で受診が遅れ、五六人が亡くなった」ことを発表しました(二〇一三年国保など経済的事由による手遅れ死亡事例調査)。全国の民医連加盟病院・診療所から報告された、昨年一年間の事例を集計したものです。
 「お金の切れ目が命の切れ目」という現実。国民皆保険制度の「保険証一枚で、誰もが安心して医療にかかれる」という常識が覆されようとしています。

46%が無保険状態

 八年目となった今回の調査の特徴は、無保険の患者が多いことです(図1)。保険料の滞納が理由で、医療費全額を窓口でいったん支払わなくてはならない資格証明書を発行されている人を含めると、四六%の人が無保険状態に置かれていました。
 手遅れ死の背景には、不安定な収入・雇用形態があります。今回の調査では、無職・自営業・非正規雇用が実に全事例の七五%を占めています(図2)。

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収入減が命を縮める─静岡

 保険証がありながら、命を落とすケースもありました。
 高血圧症で、静岡田町診療所に通院していたAさん(六〇代男性)は国民健康保険に加入していましたが、保険料を滞納していたため、一カ月が期限の「短期保険証」を発行されていました。
 受診のたびに市役所に行き一〇〇〇~二〇〇〇円の保険料を納めることを条件に保険証を受け取り、窓口負担もなんとか支払いながらの受診でした。
 ところが二〇一〇年、個人事業主として請け負っていた野菜の配送の仕事を打ち切られてしまいました。職を失ったAさんは診療所と薬局に相談。生活保護の 受給をすすめましたが、「世話になった人に借金がある。お金を返してからにしたい」と言うAさんの意向で、診療所の医療費は無料・低額診療事業の適用とな りました()。
 その後、仕事が見つかったものの、非正規雇用に。月収は以前の一八万円から一〇万円に激減。Aさんの薬を調剤していた、たまち薬局の薬剤師・吉岡優子さ んは「薬局に来ると『もっと働きたいが、仕事があまりもらえない』とこぼしていました。だんだん受診の間隔が開いてきて、薬を間引きして服用する状態に。 薬をジェネリックに変更して薬代を安くしても未収金はどんどんたまっていった」と振り返ります。
 結局、Aさんは二〇一三年三月に脳梗塞を発症。「『受診してから出勤するという連絡があったのに、姿を見せない』とAさんを心配した職場の同僚の方が、 診療所に電話をしてきたんです」と松原透事務長。松原さんが自宅にかけつけると、倒れたAさんを同僚が発見し、救急車で運ばれるところでした。Aさんはそ のまま入院先で肺炎にかかり、亡くなってしまいました。「薬局の窓口で患者さんから聞いたちょっとした情報でも、病院や診療所と共有して命を守るための対 応がとれるよう、もっと連携を強めていきたい。薬局の薬代も無料・低額診療事業の適用となるように国・自治体に要求していかなければ」と吉岡さんは話しま す。

(注)院外薬局の医療費は国の制度上、無料・低額診療事業の適用外。

8年間で22人の手遅れ死─山梨

 山梨県民医連も六月三日、甲府市内で記者会見し、独自に「手遅れ死亡調査」の結果を発表しました。二〇〇六年からの八年間、経済的理由で亡くなった人は 二二人にも及びます。会見に先立ち、山梨日日新聞では六月一日、朝刊の一面トップでこの問題を報道しました。記者会見当日は、「本当に保険証がない人がい るのか」「そもそもなぜ保険証がなくなる事態が起こるのか」などの質問が相次ぎ、山梨県民医連事務局・社保担当の津布久博人さんは、「命に関わることと あって、記者の関心も高かった」と言います。この記者会見には山梨県内の新聞四社、テレビ四社が出席しました。
 死因は二二人中一五人が「がん」。初診から「一〇日未満」「二週間程度」など、短期間での死亡が目立ち、受診の“手遅れ”を象徴しています。
 保険証を持っていない「無保険」や資格証明書などの無保険状態が四一%(図3)。また、二二人のほとんどが無職や非正規雇用でした。
 正規保険証を所持していたものの、窓口負担が払えず、手遅れになった事例も。協会けんぽ(中小企業のサラリーマンの健康保険)を持っていましたが、タク シードライバーで給料は出来高制。収入は多いときで月一〇万円、少ないときには月二~三万円だったこともありました。

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歩けなくなるまで我慢する事例も

 甲府共立病院のソーシャルワーカー・吉野美佐さん(医療福祉相談室室長)は、「この調査には出てこなくても、深刻な人はたくさんいる」と証言します。
 「慢性疾患を抱えていても医療費が払えないため、『立ち上がれない』『歩けない』状態になってからようやく受診する人がいます。命が助かっても、障害が 残ったり、糖尿病で手足が壊死し、切断寸前の状態になってから受診する人もいる」と告発します。

高すぎる国保料引き下げを

 経済的理由による手遅れをなくすために、求められていることは何か。
 第一に、高すぎる国保料を引き下げることです。国民健康保険への国庫負担割合は、一九八四年の四九・八%から二五・六%(二〇一〇年)にまで減らされており、保険料が高額となっている主な原因になっています。
 先述のAさんが加入していた静岡市の国保料は一人あたり一〇万九五七九円(二〇一一年、図4)で、「所得の二割近くが国保料」という世帯も「あたり前」になっています(図5)。同市の国保料滞納世帯は一万八五四八世帯(一六・三%)、資格証明書は一七六七世帯(二〇一三年九月三〇日現在)。全国の保険料滞納は、三七二万二〇〇〇世帯(二〇一三年六月一日現在)にも及んでいます。これは大阪府や神奈川県の全世帯数にほぼ匹敵します。
 国保法第四四条の「実質化」も急務です。特別な理由がある人を対象に、自治体独自に窓口負担を減免できると定めた条項ですが、減免に必要な条例や要綱な どを設けていない自治体も多く、設けていても条件が「収入が前年度比で三〇%未満」「入院しか減免対象にならない」など、実際の経済的困難を救うものに なっていない自治体が少なくありません。

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相談窓口の充実・改善も急務

 自治体の国民健康保険課や福祉事務所など、相談窓口の充実や改善も求められています。
 前述した静岡・Aさんの事例では、市役所の担当者がかわり、短期証を発行してもらえなかったこともあったと言います。「後日、最初から事情を説明して、 ようやく発行してもらえたそうですが、国保料を滞納している負い目もありますから、市役所に行くこと自体、かなりのストレスだったでしょう」と松原さん。
 山梨でも「私たちのところに相談に来る人は、一度は市役所に足を運んで国保料の納付相談や、生活保護の相談をした経験があるという人が多い。ところが窓 口で『お金が払えないなら保険証は渡せない』と言われたり、生活保護の申請書すらもらえなかったり」と吉野さん。「助けを求めて駆け込んだ窓口で、市役所 が個別の事情に応じ、対応していれば手遅れにならずにすんだかもしれない」と悔しさをにじませます。
 同じく甲府共立病院ソーシャルワーカー・五味梨恵子さんも「まずは命を助けてほしい。患者さんもできる限りの努力をしていることを知ってほしい」と強調します。
 今回報告された五六人の事例は、「氷山の一角」にすぎません。
 全日本民医連は、保険料の減免を定めた国保法七七条の「実質化」や、窓口負担の無料化、生活保護の「水際作戦」中止なども含め、誰もが安心して受診できる医療保険制度の実現に向けた運動を強めていく方針です。

文・寺田希望記者
写真・酒井 猛
/五味明憲

いつでも元気 2014.8 No.274

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