特集2/振動障害/手指・腕のしびれ、冷え、痛みなど
振動する工具、長期に使ってませんか?
積 豪英 熊本・天草ふれあいクリニック所長 (プライマリ・ケア医) |
長期間、振動を起こす工具を扱っていると、その振動によって、手指、前腕(ひじから手首まで)にしびれや冷え、痛みなどが出てくることがあります。これが振動障害で、労働災害の一つです。
症状としては、手指の末端の血液循環が悪くなって起きる「末梢循環障害」、手指のしびれや痛みが起こり、熱さ・冷たさ、痛みなどの感覚が鈍くなる「末梢 神経障害」、手指、ひじの痛みが起きる「骨・関節の障害」の3障害があります。
多くの潜在患者が
「業務上疾病の労災補償状況調査」によると、振動障害で療養を継続している患者さんは、全国で5906人(2012年)です(表1)。このうち3~4割の患者さんを全国の民医連の事業所で診ています。
最近では、年間200~300人が新しく認定されています(表2)。これは新規に労災補償を受けた患者数ですが、実際にはもっとたくさんの方が振動障害で苦しんでいると推定されます。何より、自分が振動障害であることに気づいていない方も多いと考えられるからです。
また、振動障害についての知識をもってしっかり診てくれる医療機関でないと、診断自体が困難なこともよくあるようです。
職種別では建設業が最多です(表3)。建設業は従事者も多く、潜在患者は多数いるものと思われます。
実際にあった民医連事業所での最近の事例からご紹介しましょう。
民医連の事例から
郵便配達、建設業など
■事例1:バイク乗車の郵便配達員
約40年間、郵便局でオートバイ乗車による郵便配達に従事。田舎道で、ほとんどが未舗装道路でした。指が白くなるレイノー現象をともなう振動障害と診断 し、申請から約2年経過して労災認定されました。しかし治療にともなう休業補償は、4年経過した現在もまだ支払われていません。
過去にはオートバイの乗車による振動障害は多かったのですが、未舗装道路が減り、オートバイも改良されているため、振動が軽減され、振動障害の発生は抑えられてきているようです。
しかし、今日でも日本郵政の職員から振動障害の患者が発生している状況をみると、まだまだ苦しんでいる人がいるのではないかと思います。
■事例2:船員が船の錆落としで
船員として船に乗るかたわら、船のメンテナンスで錆落としをしていました。中小の船では、乗組員全員でおこなうようです。錆を落とすのに、タガネやグラ インダーなどを使って発症しています。レイノー現象は見られませんが、冒頭でも触れた3障害があり、振動障害として認定されました。
中小の船に乗る船員は、日本中にいます。長年、船の錆落とし作業をおこなって、手指のしびれや冷え・痛みに苦しんでいる方はもっといるはずです。
■事例3:有機溶剤の撹拌作業で
電動の手持ち撹拌器を持ち、有機溶剤をかき回す仕事をしていました。手持ち撹拌器自体は、有害な振動を発生するとは認められなかったのですが、溶剤を撹拌する作業にともなって、振動が発生するとして認定されました。
工具を作るメーカーは振動がどの程度であるかを明らかにしていますし、安全対策も進んできていますが、作業工程での評価をおこなうことも必要です。
■事例4:20年以上、建設業に
二十数年、トンネル掘削や建設業、保線業務に従事してきた50代前半の男性です。レイノー現象をともなう振動障害を発生しています。
工具の安全対策は進んでいますが、現場ではまだまだ振動対策がおこなわれていない古い工具も多いようです。
症状
手指の冷え、しびれ、痛み
振動障害における障害(3つの症状)を少し詳しく述べます。
■末梢循環障害
手指の冷えと、レイノー現象という症状が出ます。寒さにさらされたり冷たい雨にぬれたりすると、手指が発作的に白くなる現象で、白ろう現象ともいいます。
白くなるとき、手指の感覚が鈍り、しびれを感じることがあるようです。またしびれが出たり消えたりするときに、指がずきずきと痛む(疼痛)こともあります。レイノー現象は一般的に5~15分程度で自然に治まります。
末梢循環障害は、体の末端に正常に血液が循環しないということですから、振動以外でも、さまざまな原因で起きてくることがありますので、原因を探ることが必要になります。
レイノー現象が出ない人でも、末梢循環障害による皮膚温低下が原因で、手指が冷えることがあります。ただ、本人はそれがふつうだと感じていて、手を握った他人から手が冷たいよと教えられることもあります。
また、手のこわばりなども循環障害によると考えられることもあります。
■末梢神経障害
手指のしびれ、知覚の鈍りなどがあります。夜、手のしびれのために何度も目が覚めてしまう(中途覚醒)などという訴えもあります。神経障害がすすむと、 指の動き、とくに手指の細かい動きがうまくできなくなるという症状も出てきます。
■骨・関節の障害
手指・手・ひじの関節の痛みとして症状が出てきます。変形が強くなると、ひじの関節の肘部管を通る尺骨神経を圧迫することにより、尺骨神経麻痺が起きてきます。
進行すると、手指の筋肉が縮んで、わし手ということが起きてきます。
原因
振動する工具を長年使用
振動障害は、次にあげるような振動を発生する工具を使う仕事に、相当期間、従事した後に起きます。
▽ピストン内蔵工具(打撃工具)
削岩機、エアハンマー、電動ハンマーなどが代表的です。金属・岩石などに、穴をあける(穿孔)、切る・削る、薄く削り取る(ハツリ)などの加工や、つき固めに使う工具です。
▽機関内蔵工具(運べるもの)
チェーンソー、刈払機、エンジンカッターなどが代表的。内燃機関を動力源として、チェーンやカッターで切断する工具です。
▽振動体内蔵工具
タイタンパー、バイブレーターなどが代表的です。偏心モーターや振動子などを内蔵し、つき固め、充填・打ち抜き、切断などの板金加工などに使う工具です。
▽回転工具
グラインダー、各種カッターなどです。電動モーターやエアモーターなどで回転するカッター、砥石などを使って、研磨・研削・ハツリ、切断などに使う工具です。
▽締付工具
ナット・ビスなどの締め付けに用いる工具で、インパクトレンチなどが代表的です。
ただし、同じように工具を使っても、振動障害が発生する人としない人があります。また前述した工具以外でも、作業工程にともなって振動を発生する工具もあります。
検査・診断
職歴、そして症状を診て
診断では、職歴が一番重要です。
医師は、どのような工具を、どこでどの程度使用したかを聞き取ります。工具の使用時間も鍵になります。相当長期間使ったかどうかです。そしていつ頃から、どのような症状が出てきたかなどを詳しく聞きます。
診察では、手指や前腕のしびれ、冷えの範囲、レイノー現象の有無、痛みの有無、神経学的所見の有無を診ます。
職歴と症状、診察所見から振動障害の疑いがあれば精密検査をおこないます。振動障害の診断基準は、表4のとおりです。
末梢循環、末梢神経の障害があるか調べるために、室温を一定に保った部屋で、皮膚温を計り、振動や痛みの感じ方を調べる振動覚・痛覚検査をおこないます。
まず常温で実施し、次に10℃の水に手を10分間つけ、冷却負荷をかけておこないます。またつまみ力や握力検査をおこない、運動機能を評価します。
昨年に日本産業衛生学会振動障害研究会が発表した「振動障害のガイドライン2013」では、新たに10℃冷水負荷検査の判断基準を提示し、振動覚検査を ISO(国際標準化機構)方式に準拠しておこなうこと、新しい検査方法として豆移し検査(豆をはしでつまんで移す)、ペグボードによる検査(棒をボードの 穴に挿す)などを提案しています。
これらの検査をおこない、職歴・症状・診察・検査とあわせて総合的に判断して、振動障害かどうかを診断しています。もちろん、他の病気が原因ではないかどうかも鑑別します。
治療
振動を避け、禁煙は必須
治療上、一番重要なことは、振動を起こす工具を扱わないことです。また、寒さにさらされると悪化するので、バイクに乗ったり自転車に乗ったりすることは避けます。
さらに喫煙は末梢循環(血行)を悪くしますから、禁煙は必須です。こういった生活の改善からはじめ、末梢循環を良くし、末梢神経障害を軽減する内服薬などを用います。
そして手指・前腕の症状をやわらげるための温熱療法や、運動機能を改善するための運動療法・理学療法などをおこないます。
ひじ関節の変形により、小指の痛みやしびれ、指先・手の筋肉の筋力低下が起きている場合には、手術なども検討されます。根気よく、日々の治療をおこなうことが必要です。
民医連、建交労が窓口に
長年振動を発生する工具を使用し、手指・前腕にしびれや冷え・痛みを感じている人は、振動障害の可能性があります。
民医連の事業所や全日本建設交運一般労働組合(建交労)が窓口となり、相談を受けています。お悩みの方は民医連の事業所に一度相談してみてください。
いつでも元気 2014.8 No.274