民医連新聞

2014年7月21日

憲法なう。緊急番外編 民主主義国家の「終わりの始まり」 ―解釈改憲の意味と私たちのアクション―

明日の自由を守る若き弁護士の会

 七月一日、自公政権は密室協議の末、戦争する国への道を開く「集団的自衛 権の行使容認」を閣議決定しました。何が問題で、私たちはこれからどうすればいいのか。今号の「憲法なう。」は緊急番外編として、「明日の自由を守る若手 弁護士の会」共同代表の黒澤いつきさんの寄稿です。

ある種のクーデター

 二〇一四年七月一日、民主主義国家としての日本の「終わりの始まり」とも言いうる、ある種の無血クーデターがなされました。
 安倍政権は従来の政府の憲法解釈を変更し、「憲法九条の下でも集団的自衛権の行使が許される」という解釈を採用すると共に、自衛権発動(武力行使)の新 しい三要件なるものを閣議決定したのです。閣議決定の意味を解説します。

「戦争放棄」の放棄

 いうまでもなく、憲法九条は戦争放棄と戦力不保持を宣言しています。政府は約六〇年間、 「戦力と自衛力は異なり、憲法九条は自衛力までは放棄していない」「自衛隊は戦力ではなく自衛のための実力部隊だから、憲法に違反しない」「憲法九条の下 で、集団的自衛権の行使は許されない」という解釈を一貫してとり続けてきました。
 集団的自衛権の行使とは、自国が攻められてもいないのに他国間の戦争に参加することであり、およそ「自衛」という言葉からはかけ離れた武力行使です。憲 法九条が集団的自衛権の行使(他国間の戦争への参加)を認めている、などという解釈は、できるはずもないのです。
 それにもかかわらず、安倍政権は「そう読み替えることにした」と宣言しました。要は、九条の無視。「戦争放棄」の放棄です。

立憲主義の破壊

 昨年、この連載のスタート時(第二~四回)にも書きましたが、憲法とは、国民が国家権力の暴走を防ぐために権力を縛る法です。ですから「縛られる側」の権力が、憲法を都合良く読み替えることなど近代民主主義国家では許されません。
 現政権は「安全保障環境が厳しくなったから」などと言いますが、法治国家なのですから、時代遅れな法があればそれは改正の手続きをとるべきです。時の政 権が読みたいように読み替えることが許される国は、民主主義国家ではないのです。それほどの禁じ手を使ったのです。
 さらに、特定秘密保護法が施行され、軍事情報をすべて「特定秘密」にして国民や国会から隠せるようになれば、政府が独断で戦争を遂行できる国へと変わってしまうのですから、国民主権も骨抜きになります。

民主主義を諦めない

 日本はもう民主主義国家に戻ることはできないのでしょうか? いいえ、まだ落胆する必要は ありません。閣議決定(政府の方針の決定)を受けて、今後の国会でこの国を「戦争する国」へと変えるための具体的な法整備が計画されています。これをくい とめれば、まだ民主主義も立憲主義も守ることができるのです。
 具体的にどのようなアクションが効果的でしょうか? 通常国会が閉会したので国会議員は地元へ帰ります。皆さんの選挙区から選出されている与党議員の事 務所へFAXやメールを送りましょう。「有権者としてあなたにそんな政治は求めていない、日本を戦争する国へ変えてしまうなら支持できない」と伝えましょ う。国会議員にとっては、地元の有権者の声が、何よりもプレッシャーになります。あるいは、新聞社に投書したり、解釈改憲への怒りの特集を組んでほしいと いうリクエストをするのも、世論を高めるには効果的です。
 子どもたちの未来を守るのも壊すのも、大人である私たちのこれからのアクション次第。主権者としての怒りを絶やさず、共感の輪を周りに広げ、憲法の骨抜きをくい止めましょう!

(民医連新聞 第1576号 2014年7月21日)

リング1この記事を見た人はこんな記事も見ています。


お役立コンテンツ

▲ページTOPへ