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2000年1月1日

妊婦サンの思い

大野悦子  鹿児島・宮崎民医連 川辺生協病院医師(徳島大学96年卒)


入職3年目で妊娠、昨年秋に出産し、現在育児休暇中です(怪獣とすごす毎日!)。
学生の時はいろいろ悩みつつ、『全国女子医学生の会』の事務局をしていました。
この連載で医療現場での実体験をとおして、少しでも学生のみなさんの疑問や不安に
こたえられたらなあ…と思っています。気軽に感想・意見をよせてくださいね!


 卒業、就職と同時に結婚をした私のパートナーはとても”よくできたヒト“で、ひとり暮しが長かったのと民主的な男女観をもっているため、ひととおりの家事をこなします。
 『同じ仕事をしていて同じように忙しければ、家事はできる方ができるときにすればいいし、体力のある方がよりたくさんこなせばいいんだよ』というヒトな ので、たとえば毎日のお弁当も彼の方が多くつくってくれていました。あとは『まあ、いっか』といえる多少のいい加減さをお互いにもちあわせるのも大切なこ とですが。おかげで結婚してからのふたりの生活は、しっかり家事分担ができて独身時代よりも効率よくこなせていました。
 そんなラブラブなふたりなので、当然のことながら『そろそろ新しい家族がほしいよねー』という発想も自然にできるわけですが、お互い初期研修(鹿児島・ 宮崎民医連では3年間)は集中してやりたいという思いも強かったので、話しあってしっかり”家族計画“しました。『よっしゃ、つくるか!』と思ったのは、 初期研修を終え、一般内科医としてひととおり外来・病棟・往診・検査とこなせるようになったころ。病床数約60床の病院で、患者会の企画や病院内の他職種 との交流などの役割を担い、ようやく仕事が楽しくなってきた時期でもありました。だからこそ妊娠・出産に対しても『仕事からの逃げ場』ではなく前向きに考 えられたのかもしれないですね。

先輩女性医師たちのチカラ
 
計画的な妊娠だった(笑)ので、早め早めの対応をすることができました。本当は、正確には超音波診断で胎児心拍が 確認されないと正常妊娠とはいえないのですが、とりあえず尿検査が陽性で子宮内に胎嚢が確認された時点でさっそく医局長に相談して、当直勤務やレントゲン 室に入るような検査からはずしてもらいました(この時点でまだ妊娠5週目)。私が勤務していた病院の医局は、内科・小児科計5名のとてもアットホームな医 師集団で、妊娠が判明したときも他の先生たちはまるで自分が父親のように「でかした!!」と飛びあがって喜んでくれました(少しは『この後の医師体制どう しよう…』と思われたかな?)。
 医師体制についていえば、女性医師が多くいる集団なのでこういった妊娠・出産という事態はつねに起こりうること。そこはさすがに経験してきた女性医師が 多くいるのと、集団的にフォローする体制ができているので、(少しバタバタはありましたが)あまり心配する必要はなかったです。
 同期で大学の医局に残った友人たちも何人かこの3年間で結婚し、妊娠・出産をしていました。ときおり電話や手紙をやりとりしてお互いの近況を話します。 仲のよかった友人たちはみんながんばって仕事と両立していますが、大学はその医局によって待遇も若干違うようで、やはり先輩女性医師が多くいるところでは 整備されているけれど、そうでないところはなかなか大変そう。ほとんどは産後休暇8週ですぐに職場復帰しています。関連病院への異動が多くて、新婚当初か ら夫との別居生活を余儀なくされている人も結構います。

なってみてはじめてわかること
 学生時代、決して産婦人科の授業をサボっていたわけではないけれど、やはり『そうなってみてはじめてわかる』ことも多いのでした。暗示にかかりやすい (?)私は、妊娠したとわかるとすぐにつわりがはじまりました。教科書どおり、朝食をとる前に必ず1回吐くのです。二日酔いが延々と続くって感じ?仕事の ストレスとリンクするのか、午前中に外来に出る日はとくにひどかったように思います。とても料理をつくる気分にならず、この間の調理担当はすべて夫でした (感謝感謝)。ただ不思議と栄養障害をおこすような状態にはならず、「甘いものしか食べられないのー」というつわりにあこがれていたのに、私の場合は「ご はんなら平気」という健康的ないわゆる『食べづわり』だったのです(ちえっ)。逆に甘いものはまったくだめになってしまって…。理由は「吐くと気持ち悪い から」(まあ、甘い吐物を想像してみてください…)。空腹感で吐き気が強くなるので、外来の看護婦サンたちはいっもポケットにわたし用のエサを忍ばせてい てくれました。外来診療の途中で気分が悪くなれば、看護婦サンが他のドクターを呼んでくれて交代してもらえたり、おなかが大きくなれば誰でも「たいへん ねぇ」と気遣ってくれるわけなんだけど、むしろ身体的にも精神的にもきついのは妊娠初期の頃なのかもしれないなあ…。スタッフの温かい心遣いに支えられ て、なんとか過ごせた気がします。
 妊婦サンはなぜかよく眠るんです。とにかく眠いの。昼休みには必ず『おひるねタイム』をつくらないと午後からつかいものになりませんでした。病院にはい ちおう女子休憩室なるものがありましたが、看護婦さんとの共用なのでなんとなくゆっくりできず、医局の長ソファーをベテランドクターと奪い合い、結局いつ も譲歩してもらってまるごと占領してました。医局でいちばん態度がでかいのは、文字どおり私でした。

意欲まんまんの産休
 なんだかんだと周囲に甘えつつ、とくにトラブルもなく経過し、気がつけば産前休暇(6週間の予定)になっていました。ちょうどお盆休みのころで、まさに 暑い盛り。夏場の妊婦は自分自身も暑いけど、たぶん周囲で見ている人たちも暑かっただろうなあ…。待ちに待った産休! 医者をずっと続けていくつもりの私にとって、このまとまった休みは非常に魅力的です。「いままでできなかったことをするぞ!」と意欲まんまんで突入しまし た。たまりにたまった本を読んだり、毎日手づくり弁当を夫に届けたり、医療分野と違った畑の人たち(教職員組合とか、子育てサークルとか)と交流したり と、有意義な毎日。平日のデパートめぐりもなかなか楽しかったです。いまにして思えば、でかバラを抱えた妊婦サンが、あちらこちらに出没しては周囲をハラ ハラさせていたのではないかしら。.あまりにも精力的に動きすぎたためか、産前休暇20日も残して正期産に入った翌日に産気づいてしまった…。(つづく)


看護婦さんの気遣い、ドクターの譲歩…
スタッフの温かさと夫に支えられました
えつこ

Medi-Wing 第16号より

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