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2000年1月1日

医療研究室 リストラ、労働強化…平成不況から命を守りたい! 過労死

鹿児島・宮崎民医連 吉見謙一
【川辺生協病院 内科 医師/民医連過労死問題研究会世話人】

「ああこれで休める…」ほっとしたKさん

medi-wing13_01  Kさんは45歳で鹿児島市の建設資材メーカーに勤務しておられた方です。目の不自由な奥さんを抱えておられ、奥さんの実家の近くから、職場のある鹿児島市 内まで1時間近くかかって毎日通勤をされていました。最近の不景気で業務の配転と人員の削減の続く中、最近課長に昇任したKさんはとにかく人を働かせる前 にまず自分が頑張らなくてはと、連日夜9時過ぎまで働きづめに働く毎日でした。特に年度末の決算需要も重なったこともあり、注文主より納期を早めるように 迫られるなどして、入院してこられる1ヵ月前は、後で調べてみると計352時間も働いていた事が判明しました。又、以前から高血圧を検診で指摘されていた のですが、病院へも3年前に数回通ったのみで、とても自分の体のことを気遣う余裕がなかったといっていました。昨年末より、しばしば早朝の胸部絞約感が起 こるようになったもののそのままにしていたとのことです。やっと、仕事が一区切りしほっとしていた今年のお正月、自宅での食事中に激しい1時間以上続く胸 痛があり、私たちの病院に来院されています。病歴や心電図、心エコー所見より不安定狭心症と診断され、一時房室ブロックも起こしたものの、何とかその後安 定、冠動脈造影にて左右両方の冠動脈で強いスパズムがあり冠攣縮狭心症と診断されています。Kさんに後で伺うと、病院へ救急搬送され入院したときは、胸痛 や不安感もあったものの”これでやっとしばらく休める“とほっとした気持ちもあったとのことでした。まさに働き過ぎにより命を落とし“過労死”になろうと した方といえます。

“過労死問題”を知っていますか?

 毎日、病院を訪れる患者さんの病気の背景に、実は過重労働やそれに伴う生活の歪みが大きく関わっている事を、多くの 日本の医師は気づいていません。例えば、狭心症の患者さんが大学病院の循環器内科の外来を訪れた時、熱心に冠動脈造影を勧める努力はしても患者さんがリス トラの嵐でサービス残業や過剰ノルマに追われて、睡眠も充分にとれない状況であることを患者さんから聞き出す医師がどれほどいるでしょうか? みなさんは ポリクリの時、指導教官から、患者さんの職業歴について聞かれたことが一度でもありましたか?
 日本人の勤労者は欧米と比較して大幅な長時間労働に苦しんでいます(96年年間総実労働時間=日本1993時間、ドイツ1517時間、フランス1679 時間、日本労働研究機構刊『ILO労働統計報告による各国の労働時間の推移』より)。昨年の労働基準法改悪で変形労働や女子夜勤労働の規制緩和が進むな ど、ますます事態は悪化しています。英語にまでなった“KAROUSHI(過労死)”は平成不況のリストラと労働強化の嵐の中、増えこそすれ無くならない 状況です。厳しい労働環境の中、うつ状態となり、自殺に追い込まれる“過労死自殺”も新聞をにぎわせています。

民医連で取り組んできた過労死問題

 90年5月に、民医連の全国的な研究会として過労死問題研究会が発足しました。この間、本研究会は、各地で行なわれ ている裁判など労災認定の取り組みに医療従事者として連携・参加し、調査活動や研究活動を行なってきました。その活動は『労働者の健康』誌等にまとめてき ました。これらの成果は各地で取り組まれている過労死関連の労災認定の闘いに活用されると共に、一部には企業や労働省寄りになりがちな日本産業衛生学会の 場でも当研究会の会員が積極的に発言してきました。最近の活動の一つとして、民医連の11の病院の協力を得て、冠動脈造影を受けた患者さんの症例調査を行 ないました。この研究で、長時間労働やそれに伴う労働ストレスが虚血性心臓病中でも特に冠攣縮性狭心症と密接に関連していることを明らかにできました。今 回の共同研究の結果は学会に発表・論文化する予定です。
 過労死問題研究会のこれまでの活動は、科学的な研究活動を働く人の健康を守る活動と結びつけて多数の病院・診療所の協力で進めていくなど、まさに民医連 的活動と考えています。医学生のみなさんが、私たちの活動に興味を持たれることを強く願います。


 

週労働時間
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多変量解析による分析
目的変数(y);冠疾患なしvs.冠攣縮狭心症+急性心筋梗塞
説明変数(x);年齢、労働時間、高血圧歴、高脂血症歴、糖尿病歴、飲酒量、喫煙量

  偏回帰係数 標準誤差 X^2 p値

年齢 0.028 0.052 0.29 0.589

労働時間 -0.163 0.070 5.47 0.019

高血圧歴 0.337 0.415 0.66 0.416

高脂血症歴 0.965 0.559 2.99 0.084

糖尿病歴 -0.060 0.454 0.02 0.895

飲酒量 -0.051 0.027 3.46 0.063

喫煙量 0.422 0.347 1.48 0.224

Intercept 6.700 4.965 1.82 0.177

 

虚血性心臓病の病型別に見た労働時間・ストレスの影響の検討
検討対象; 冠動脈像影検査を受けた70歳未満の男性105名
  NOR;非虚血性心臓病 ANG;器質的冠動脈病変に伴う狭心症
  MI;心筋梗塞  VSA;冠攣縮に伴う狭心症
最近1年間
配転があった
仕事上ノルマや納期に
追われる
夜間や休日の
接待が多い
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NORとANG,MI,VSAで
P<0.01
NOR,ANGとVSAで
P<0.05
NOR,ANG,MIとVSAで
P<0.05

medi-wing13_06●吉見謙一(よしみけんいち)医師のプロフィール
’78年鹿児島大学卒業。同年より山梨民医連にて内科基礎研修。’80年より鹿児島・宮崎民医連に勤務。’83年より1年間、大阪府立成人病センターにて予防医学の専門研修。’97年より川辺生協病院院長。日本循環器学会専門医。

Medi-Wing 第13号より

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