民医連新聞

2013年11月4日

生活保護基準引き下げ 1万超す当事者が「異議」

 八月に行われた生活保護基準引き下げ。これを不服として都道府県に審査請求を行った利用世帯が全国で一万件を超えました。バッシ ングにさらされ、福祉事務所への気兼ねもある当事者が異議を口にするのは、勇気のいることですが、日本の生活保護世帯(一五八万八五〇〇)の約〇・六%が 声をあげたことに。民医連でも生活保護の患者さんと審査請求にとりくんだ事業所があります。北海道を取材しました。(木下直子記者)

 「支給額が減るのはゆるくない(楽でない)ね。食べることはがまんできても、暖房を使わな いわけにはいかないし」。北海道・小樽市に住むリョウ子さん(仮名)は、細い声で語りました。生活保護で暮らす七〇代後半の独居女性です。かかっていた小 樽診療所(北海道勤医協)から知らされて、不服審査請求を行った一人です。
 生活保護は同居の姉を看取った十数年前から利用。独身で仕事にも就いていましたが、年金は加入日数が短かったため少額で、六一歳で一括受け取りして尽きました。
 住まいは風呂無し・共同トイレで家賃一万二〇〇〇円という物件ですが、リョウ子さん以外の住人はみな、危険だと出てしまったほどの老朽ぶりです。食事は 日に二回、野菜を買うのは一品一〇〇円の店と決めています。電気代にも気を遣い、暗くなってからの調理は懐中電灯で。また、街灯に近い窓は薄いカーテンに し、夜はその光を借りています。節約しても燃料費や食品は値上がりし、一つあればおかずになったお芋の天ぷらも二〇円の値上げで手が出ません。そんな生活 を基準引き下げが直撃しました。
 「あきらめるしかないか、と思っていたのですが、本当は怒りたかった。私と同じく困っている人たちの色々な顔が浮かんで」と、リョウ子さん。

前例ない引き下げ

 政府が決めた生活保護基準引き下げの総額は六七〇億円。今年度から三年かけて引き下げる予 定で、基準のほか、母子家庭や障害者への各加算、出費が増える年末に出る期末一時扶助なども見直しに。影響は生保世帯全体の九六%(約二〇〇万人)に及 び、世帯あたりの削減率は平均六・五%、子どものいる複数世帯ほど下げ幅は大きく、最大一〇%という前例のないものとなりました。
 厚労省が引き下げの根拠にした消費者物価指数も、低所得の生活保護世帯にあてはめるには不適当なデータです。春に全国の民医連事業所で行った生活保護患 者への緊急実態調査では、引き下げ前の基準額でさえ「健康で文化的な最低限度の生活」には不十分と判明しました。基準引き下げは命を脅かしかねない措置で した。
 不服審査請求は、生活保護制度改善や困窮者支援を行う弁護士や生活と健康を守る会、中央社会保障推進協議会(社保協)などの組織が一万件を目標に呼びか けた運動です。審査請求は、処分を知った翌日から六〇日以内(行政不服審査法)という期限付きの手続きです。短期間だったにもかかわらず、全都道府県で目 標を超える一万一九一件の審査請求が行われました。

北海道・路上でも申請者

 北海道では一三九四人が審査請求しました。「生活保護制度を良くする会」を結成し、電話相 談や街頭宣伝、集団申請などにとりくみました。当事者の反応は運動をする側も驚くほど。生活保護の利用者が買い物に出る保護費の支給日にスーパー前で宣伝 を行うと、その場で八人、受け取ったチラシを読んで三人、計一一人が審査を決意するという予想外のことも起きました。
 「福祉事務所からのプレッシャーや、いまの社会にまん延する生活保護バッシングを乗り越えての申請です。『自分のためだけでなく、他の制度にも影響する ことだから、がんばる』と語った人もいます。当事者を守りながら事実を手に運動したい」と道社保協事務局長の沢野天さん(北海道民医連事務局)。

初めて生活に踏み込んで
小樽診療所

 北海道民医連でも院内にポスターを掲示したり、生活保護を利用する患者さんに声をかけ、運動にとりくんだ事業所がありました。
 小樽診療所では、声をかけた八人の患者さん全てが審査請求を決意しました。「生活保護世帯には、減額された二〇〇〇円、三〇〇〇円が私たちの何倍も貴重 なんです」と、井下健太事務長。「時間があればもっと増えたと思う」と、松岡睦美看護師長。
 同診療所では昨年から、生活保護についての全職員学習を毎月行っています。きっかけは、地域の生活と健康を守る会から支援を要請されたケースとの遭遇。 失業して収入が途絶え、電気や水道料金の滞納でライフラインが止められ、餓死寸前の五〇代男性でした。
 そして今年の春、全日本民医連が提起した生活保護患者の緊急調査では一〇人から聞き取りし、その暮らしを間近にしました。制度利用に至ったいきさつや家 計や暮らしぶりの詳細など、職員がためらうほど踏み込んだ質問内容にも、患者さんたちは拒否せず応じてくれました。「こんな話を聞いてくれた医療機関は初 めて」と口にした人も。
 松岡さんたちは「いまの時代、こんな貧しい生活をしている人がいた」というショックと、「これ以上切り詰めろというのか?」という政治への怒りを持ちま した。診療所にかかっている生活保護患者は五十数人。聞き取った一〇人以外とも、これから対話していこうと考えています。「気になりつつ踏み込めていませ んでした。生きにくくなっている今だから、民医連らしく動いていきたい」。

(民医連新聞 第1559号 2013年11月4日)

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