民医連新聞

2013年8月5日

シリーズ 働く人の健康 ~腰痛~ 「ノーリフト」原則が新「指針」に 腰痛は“労災“ 現場の声が鍵

 厚生労働省は六月、これまでの指針を見直し、新しい「職場における腰痛予防対策指針」を発表しました。「人が人を抱き上げる」ことが多い医療や介護の現場に関わる内容です。第九回労働安全衛生学校での垰田(たおだ)和史先生(滋賀医科大学)の講義から考えます。
(丸山聡子記者)

 厚生労働省は、一九年ぶりに「職場における腰痛予防対策指針」を見直しました。長い間、腰痛や肩こりは「仕方ないもの」「避けて通れないもの」とされてきました。新「指針」は、働き方が原因の腰痛をなくし、安全で快適な職場づくりをめざす内容です。

日本型の労働に終止符を

 厚労省の統計では、二〇一一年に休業四日以上の腰痛は四八二二件で、業務上疾病(労災)の六割。しかし、徐々に痛みが進行する非災害性は五六件に過ぎません。
 は業種別発生件数です。唯一増加しているのが、社会福 祉施設や医療機関などの保健衛生業です。医療現場では看護師の六〇%が腰痛を訴えています。日常の労働の積み重ねで腰痛を発症している。しかし、労災にな らない。医師も労働組合も労働者自身も「仕方ない」と受け止めているからです。
 医療・介護現場では「腰痛は技術で防げる」とされ、腰痛を発症した人は「あなたの技術不足」と言われてきました。新人が「技術不足の自分が悪い」と、辞めていくことも珍しくありません。
 新「指針」の最大の特徴は、「原則として人力による人の抱き上げは行わせない」と、「ノーリフト」の原則を明記したことです。
 これは世界の常識です。オーストラリアでは、「人力による人の抱き上げ」を法律で禁止しています。ところが、これまでの日本の腰痛予防策では、重量物の 制限はあっても、「人力による人の抱き上げ」は除外されてきました。
 現場から「人手も機器もそろえられない。禁止は困る」との声もあります。しかし「人の抱き上げ」という働き方で腰痛が発生していることが明らかな以上、 日本型の看護・介護労働のあり方に終止符を打たなければなりません。
 「人の抱き上げ禁止」を課しているのは事業者に対してです。すぐに禁止できなくても、そのままにしておくのか、職場の努力で「禁止」に近づけるのか。 「原則」という記述を事業者の責任逃れの武器にさせないよう、現場の人たちが声を挙げなければなりません。

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新「指針」の改訂ポイント

 介護・看護作業の適用範囲と内容が充実しました。対象は「福祉・医療分野等における介護・看護作業」に改められ、高齢者介護施設、医療機関、訪問看護・介護が入ります。
 腰痛の発生要因は「動作要因」「環境要因」「個人的要因」に加え、「心理・社会的要因」の四つに。心理・社会的要因とは「ストレス」。ストレスが強く、「楽しくない」職場では腰痛が発生しやすく悪化します。
 人力で持ち上げられる重量の制限は、男性労働者で自分の体重の四〇%まで、女性は男性が可能な重量の六〇%までです。体重五二キロの女性の場合、一二・ 五キロまでという計算です。そのために、機器・道具・福祉用具等の活用などが示されました。「人を機械で吊るなんて」という声がありますが、実際に、約五 〇年間人に抱き上げられてきた脳性麻痺の患者さんが、機器を八カ月間使用して、「機器の方が楽。怖くない」と話しています。機器使用は労働者の負担軽減だ けでなく、安全や快適性にもつながります。
 機器を使うには個々の患者・利用者に合った工夫が必要です。日常的に患者・利用者と接する現場の皆さんにこそ工夫の知恵があります。「機器の拒否」を乗 り越え、「機器をいかに安全に快適に使うか」に頭をシフトしてください。
 比較的安価なスライディングシートを使ったり、利用者が介護保険で借りた機器を自宅から持参してもらう等の工夫も有効です。
 作業実態に合わせた腰痛発生要因の低減措置や予防体操、相談窓口など組織的な対策が盛り込まれました。職場に潜むリスクを知るのは労働者です。ストレス も個人レベルの対処法でなく、組織的な対策が不可欠です。労働者の力で解決方法を探り、労働安全衛生のプロを育てることが必要です。

*   *

 個人の技術に依存した対策に効果がないことは、国際的に確認されています。「ノーリフトの 原則」は、労働者の「技能責任」論から事業者の「作業負担責任」論への転換です。厚労省のホームページで解説付きの新「指針」が公表されています。ぜひ実 物を入手し、職場で活用してください。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/youtsuushishin.html

(民医連新聞 第1553号 2013年8月5日)

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