民医連新聞

2013年7月1日

原発事故の被害を“なきもの”にしてはならぬ 放射線の科学者 木村真三氏 講演から 一人ひとりが知識を蓄え市民科学者に

 放射線衛生学の研究者、木村真三さん(獨協医科大学准教授)が六月九日、核戦争に反対する医師の会で講演しました。福島第一原発 事故当時、独立行政法人・労働安全衛生総合研究所に勤めていた木村さんは上司から現地調査を控えるよう言われたため辞職。現地で放射能の汚染状況を調査、 公開する様子がNHK・ETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図」で放映されました。「皆さんとともに現状を変えたい」と呼びかけます。(丸山聡 子記者)

 福島県内の一八歳以下の子ども一七万五〇〇〇人に行った県民健康調査中間報告で、「甲状腺がん」との診断が一二人、「疑いあり」が一五人との結果が明らかになりました。決して見過ごすことのできない事態です。
 この結果について、国や県、チェルノブイリ原発事故を経験したウクライナ(当時・ソ連)の研究者は、「スクリーニングの効果だ」と言います。しかし、な ぜ現時点で「原発事故と関連はない」と断言するでしょうか? 子どもたちが甲状腺がんを発症し、同じ説明をされたら、子どもたちや両親は納得できるでしょ うか?
 公害では「被害者が被害者として認められない」ことが何度もありました。これを再び福島で繰り返してはなりません。しかし今、住民の健康被害が「原発事 故のせいではない」とされようとしています。この現状を皆さんに知ってもらい、ともに変えていきたい。

「原発と無関係」となぜ断言

 今回の結果が出る前の二月、ウクライナに行きました。当時は三万八四一一人のうち甲状腺がんが三人、「疑いあり」が七人でした。
 この数字をどう見るか。事故前には全住民を対象とした調査などありません。するとウクライナの研究者は「ならば、スクリーニングの効果によるもので、原 発事故に由来するものではない」と。彼らは、ウクライナでチェルノブイリ事故の影響が出始めたのは四年後からだから、福島でいま確認されている甲状腺がん は原発事故とは関係ない、と言うのです。
 私は「ウクライナの経験はウクライナのもの。単純に日本に当てはめることはできない」と反論しました。ウクライナ人と日本人では体質も食生活も違い、がんの様相が違うという研究もあります。
 事故前の二〇〇七年の調査では、未成年の甲状腺がん罹患率は、一〇〇万人に一人です。三万八一一四人のうち一〇人だと、約二六倍です。それでも研究者た ちは「それこそ、スクリーニング効果のすごさだ」と言うのです。とんでもありません。他のがん検診でも、検診を実施したときとしないときの違いは多くて三 倍程度です。にもかかわらず、「スクリーニング効果だ」と繰り返す。こんなことは許してはいけないと思っています。

疑わしきは認めよ

 年間一〇〇ミリSv(シーベルト)以下の被曝による影響は未解明です。今回判明した甲状腺がんすべてが原発事故に由来するかは、分かりません。「疑い」の段階で早期に対処することが重要で、全県民への健康調査は必須です。
 がんが見つかったときにどうするか。「スクリーニング効果」との説明で内在的なものとされないように、原発事故に由来する被害かどうかを明らかにするために、知恵を働かさないといけません。
 原発事故という災害に遭った人たちががんを発症した。原発事故に由来するかどうか、分からない。当時、線量計を持って行動していた人などいませんから、 証明することは困難です。その際、原発労働者への労災認定の考え方が参考になります。原発で働き、労災認定された人のうち、もっとも低い被曝線量は年間被 曝五・二ミリSvです。労災認定のスタンスは「疑わしきは認定せよ」です。これを放射能の汚染にさらされた人たちにも適用すべきです。

公正な目で、総力を集めて

 「政治や行政は誰のためか、研究とは誰の、何のためなのか」。
 福島の事故以前からチェルノブイリの研究をしていた自分でも、福島ではわからないことがたくさんあります。現場で、現実に直面してみないとわかりませ ん。にもかかわらず、現場にも行かず、書籍だけで学んだ研究者が、専門領域を超えて放射線の被害を過小評価しているケースがあります。正確ではない情報 で、被害者である住民が振り回されるのを見るのは、耐えがたいものがあります。
 国や東電は、原発事故を巡って正確な情報を明らかにしません。「国のための行政」「研究のための研究」ではなく、「住民のため」であるべきです。公正な 目で多くの人の総力を集めて、この事態に対処しなければなりません。
 五月に第一原発の立地自治体である双葉町に入りました。線量が高いところは、住民が大事に思っている先祖からの墓地や、生活の要となる田んぼでした。空 間線量が毎時八〇マイクロSvぐらい、場所によってはもっと高いところも。これが人間が生活できる程度の毎時〇・一マイクロSvになるには、私の試算で二 五〇年以上かかります。
 これが福島の現実です。このことを多くの人に知っていただきたい。皆さん一人一人が知識を蓄え、市民科学者となってください。

(民医連新聞 第1551号 2013年7月1日)

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