民医連新聞

2013年4月1日

貧困が奪った58人の命 民医連事業所が遭遇した手遅れ事例から

 全日本民医連は三月二九日、「二〇一二年国保など経済的事由による手遅れ、死亡事例調査」を発表しました。二〇一二年に民医連加 盟事業所を受診した患者のうち、経済的事情で治療が遅れ、死亡したと考えられる事例を集めました。報告数は、二五都道府県から五八件。「集まった事例は 『社会的に作り出された早すぎる死』である」と調査はまとめています。この調査は、貧困が健康をむしばむ一因であり、いのちまで奪われている人が出ている ことを広く知らせるために二〇〇五年から行っているものです。また、この事態を打開する提言も行っています。(木下直子記者)

全日本民医連
国保など経済的事由による手遅れ、死亡事例調査

 調査期間は二〇一二年一月~一二月末の一年間。(1)国保税(料)、その他保険料滞納など で無保険、もしくは正規保険証を取り上げられ、資格証明書(資格書)や短期保険証(短期証)になり、病状悪化、死に至ったと考えられる事例、(2)正規保 険証は持っていたが窓口一部負担金が払えないなどの理由で死亡したと思われる事例をSWや現場担当者から集めました。

■働き盛りの男性に多く

 男女比は、男性が七八%(四五人)、女性二二%(一三人)。年齢構成は四〇~六〇代が八一%(四七人)を占めました(図1)。死因の最多は悪性腫瘍で六七%(三九人)。傾向は例年と変わりません。報告書の記述からは、来院後緩和ケアに直行したり、初診から一カ月もせず亡くなるなど、来院まで長らく体の異変や痛みに耐え続けていたことが見て取れます。
 保険種別は図2のとおり。このうち、正規保険証が三三%、無保険および資格書の「無保険状態」が四五%。報告書はこの事態を「国民皆保険制度の崩壊」と指摘しました。
雇用状況は無職が四三%、非正規雇用が二九%、自営業と年金生活者がそれぞれ九%でした(図3)。非正規雇用、失業、低年金・無年金など、経済的基盤の弱い層に集中しています。
 なお、タクシー運転手が七人も。この業種は、規制緩和で業界全体が低価格競争の渦中にあり、労働者がワーキングプアになりやすい問題が知られています。

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■正規保険証がない人たち

 日本は「どこでも、誰でも保険証一枚で同じ医療が受けられること」が、すべての国民の権利 として保障されています。しかし、今回の調査では正規の保険証を持っていなかった無保険、資格書、短期証の層が六七%にのぼりました。その雇用状況は非正 規が三一%、無職が三九%でした。
 また、無保険に至った経過は、「退職時に協会けんぽから国保へ切り替えるはずが、国保料が高くて加入できず」、「協会けんぽに強制加入すべき勤務状態だったが、雇用主が加入させていなかった」など。
 ほかに、保険料滞納を理由に、行政が本人に国保証を渡さない「留め置き」事例も複数。治療の必要がある加入者の保険証をとりあげてはいけないと、国も認 めており、正しく運用されていれば早い段階で治療できた可能性がありました(その後、当該自治体に問題を指摘し、改善された)。
 また、国保には窓口負担の減免制度(国保法四四条)がありますが、資格書・短期証事例での適用はわずか二%。制度が十分機能していません。

派遣労働者の死 事例から―珍しくない「無保険」

 二件の死亡事例(別項)を報告した広島共立病院を訪ねました。いずれも四〇代。「悔しいで す」とAさんを担当したSWの山地恭子さん(相談室課長)。Aさんは、来院から三時間半で亡くなった無保険の患者でした。死因は消化器からとみられる出血 性ショック。受診歴は無し。事情はその後の自宅訪問で判明しました。
 高校を出て三〇年間、派遣の仕事を転々としていました。亡くなる一カ月前まで北陸地方の工場に勤務し、契約期間を終えて実家へ。帰省した時点ですでに体 調は悪く、母親は何度も受診を促したそう。しかし本人は「いけんよ」と応じませんでした。保険証は失業とともに切れていました。また、医療費の全額を自己 負担することも考えられませんでした。職場を変わるたびに新しく作られていたのだと、母親が出してきた故人の通帳は、山地さんも驚くほど分厚い束になって いましたが、食費や寮費を抜かれた月の手取りは一~二万円。母親の年金が月約一〇万円という暮らしでした。
 病院がAさんを看取った医療費はそのままでは遺族の全額負担になります。使える制度を探す中でAさんの様子がさらに見えてきました。「亡くなっているの で生活保護の申請はできません。国保への遡り加入はどうかと調べましたが、これまで一度も入っておられませんでした。『保険証を持てるのは仕事がある時だ け。が、仕事がある間は受診する時間がとれない。ましてや手取り一~二万円という人に三割の窓口負担が払えるか…』という状態だったのです」。
 結局、医療費は三割を無料低額診療制度でカバーし、七割を母親が支払うしかありませんでした。
山地さんたちは毎日、入退院患者のカルテに目を通し、無保険を見逃さず一刻も早く救おうととりくんできました。医師や看護師、事務などの他職種も、気にな る患者の情報をSWに集めます。そんな現場際の努力があっても、届かなかったのが今回の事例でした。

広島共立病院の事例

Aさん…40代男性、来院日に死亡。無保険
Bさん…40代男性、国民健康保険。兄と2人暮らし。勤務先の倒産で無職になった際、糖尿病で入院したが、退院後中断。1年後に救急来院し10日ほどで死 亡。入院中申請した44条減免と生活保護は死後に決定した。

 

■「これは氷山の一角」

 ―どうすればAさんは亡くならずに済んだと思いますか? 記者が聞くと「非正規などの働き方がなければ…」と返ってきました。
 「非正規労働者の多くは、保険証がないのが普通。国保に入るにも保険料がキツい。ですから体調不良はぎりぎりまで我慢、最悪は命まで落とすのです」。
 山地さんは、地元の反貧困ネットワークで行っている相談活動でもこのことを痛感しています。「私たちが遭遇するのは氷山の一角。規模は想像もつきません が、民医連外の医療機関でも手遅れ事例があるはず。病院で何とかできる問題ではありませんが、とにかくこのままではいけない」。

 日本で無保険者の調査がされたことはありませんが「一六〇万人が無保険で、国保料滞納などで保険証が無い人を合わせると二五〇万人を超える」との推計も。
 民医連はこれまでの調査でも、「困窮者が増加する一方、国保料は値上げされている。高い保険料と重い窓口負担が、手遅れ死亡を生んでいる」と指摘してき ました。今回の五八人の命も、普通に治療ができていればこんなにも早く失われるはずがありません。調査はこう結びました。「集まった事例はまさに『早すぎ る死』であり、当事者の努力では解決しえない問題を抱えていた。私たちは国と自治体の政策に、事例を教訓として反映させ、犠牲を二度と出さないよう強く求 めていく」。

民医連が国に要望すること

 調査報告とあわせ、民医連が政府に向けて提言する内容は次のとおり。
 ◆無保険者の実態調査とすべての国民へ保険証交付◆資格書・短期証発行の中止。当面、国は機械的な資格書・短期証発行や保険証の留め置きを行わないよう 自治体を指導すること◆医療費の窓口負担の軽減。当面、高齢者と子どもは無料に。無料低額診療事業の積極的な拡大(公的病院での実施や保険薬局への適用拡 大、被災地での保険料・窓口負担への支援の再開)◆丁寧な窓口業務を実施するうえで十分な自治体職員の確保、民生委員や医療機関からの相談窓口の設置を国 の責任で行うこと。

(民医連新聞 第1545号 2013年4月1日)

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