民医連新聞

2012年8月20日

国民生活の切り下げに連動 「社会保障解体法案」が描く生活保護改悪

 生 活保護バッシングと軌を一にして、小宮山厚生労働大臣が「扶養の厳格化」「生活保護基準の引き下げ」を言い出しました。消費税増税と同時に国会に提出され た社会保障制度改革推進法案にも「生活保護制度の見直し」を明記。同法案のどこが問題か、日弁連貧困問題対策本部副本部長の尾藤廣喜弁護士(生活保護問題 対策全国会議代表幹事)に聞きました。(丸山聡子記者)

日弁連貧困問題対策本部
尾藤弁護士に聞く

 社会保障制度改革推進法案の基本的な考え方は、「『自助・共助』の強調」であり、「給付の重点化と制度運営の効率化」です。これは国の責任の放棄であり、「重点化・効率化」の名で、社会保障制度を切り下げるものです。
 同法案は附則で生活保護の「制度の見直し」を掲げ、「不正受給への厳格な対応」「給付水準の適正化」「就労が困難でない者に関し就労支援策の構築」「正 当な理由なく就労しない場合への厳格な対処」などを盛り込んでいます。
 これらは自民党案をもとにしています。自民党が四月に発表した「生活保護制度見直しの具体策」()は「自助・自立」を徹底して強調しています。

(表)
自民党生活保護制度見直しの具体策

【生活保護給付水準の10%引き下げ】最低賃金や年金とのバランスに配慮
【医療扶助を大幅に抑制】自己負担の導入、医療機関の指定、ジェネリック薬の使用義務化など
【現金給付から現物給付へ】食費は食料回数券にするなど生活扶助、住宅扶助などの現物給付を推進
【働ける層(稼働層)の自立支援】就労の指導強化、義務化
【ケースワーカー業務の改善、調査権限の強化で不正受給を防止】ケースワーカーの民間委託、自治体の調査権限強化で不正受給を減少
【就労可能者の区分対応と貧困の連鎖の防止】就職あっせんを拒否した就労可能者への給付減額、就労可能者は3年程度で打ち切る「有期制」導入

(自民党ホームページThe Jimin NEWSより)


▼貧困はなぜ広がった

 政府や自民党は、生活保護受給者の増加を問題視しています。受給者は二〇〇〇年の一〇七万 人から一二年一月には二〇九万人に。背景には貧困の広がりがあります。日本の相対的貧困率は一六%(〇九年)。データのある八五年以降最悪で、OECD平 均の一〇・六%を上回っています。
 なぜ貧困が広がったのか。日本は諸外国に比べて高齢者や障害者の年金が少額であるうえ、他の社会保障の制度も貧弱です。仕事を失った場合の生活保障であ る失業給付は、失業者の二〇%程度しか受けられていません。国民健康保険料の滞納は全国で四三六万世帯(全体の二〇・六%)、医療費の窓口負担が一〇割に なる資格証明書は三〇万世帯に発行されています。所得に占める保険料割合が平均で九・九%と高く、払えないからです(以上二〇一〇年)。
 もし最低賃金がもっと高く、働けば生活が安定し、一方的に解雇されることもなく、失業しても失業給付で生活が保障されたら? 病気や家族の介護が必要に なっても制度が整っていたら? 生活保護はこれほど増加しないでしょうし、バッシングもないでしょう。
 「生活保護が増えすぎ」と言いますが、生活保護が必要な生活レベルで実際に受給している割合(捕捉率)は一五~二〇%で、諸外国と比べても格段に低い。 また、二〇~三九歳の受給者は全体の一割に満たず、「若くて元気な人が働かず、生活保護をもらってぶらぶらしている」とのイメージは事実ではありません()。
 生活保護を受けるには、「貯蓄は生活保護基準の一カ月分以下」「車の所有は原則認めない」など、ハードルが高い。行政から親族に連絡がいくのを恐れて、 申請をしぶるケースも多々あります。日本の生活保護はきわめて受けにくいシステムなのです。

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▼生保減り孤立死増える

 小宮山厚労相の言う「親族に扶養が困難な理由を証明する義務を課す」ことをすれば、生活保護は減っても、貧困は悪化し、餓死や孤立死が増えることは必至です。
 よく「生活保護以下の年金や賃金で暮らしている人がいるのに不公平」との議論があります。しかし生活保護基準は、国民生活の最低ラインの「ものさし」。 これが下げられれば、就学援助の基準や年金、最低賃金も連動して下がり、非課税世帯も減ります。
 年金や最賃の問題は、その増額と引き上げを図るべきで、生活保護をたたいても解決するどころか、より悪化する危険性さえあるのです。「健康で文化的な最 低限度の生活」の具体化である生活保護基準の引き下げは、国民生活全体の基準を下げることなのです。
 日弁連は社会保障制度改革推進法案撤回を求め、社会保障を法律で抑制する動きに抗議し、多様な団体・個人と連携する方針です。

生活保護=もらい得ではない 松本協立病院

 「バッシング報道以降、生活保護に対するマイナスイメージが浸透してしまった。一気に生活 保護を改悪しようという意図が見え隠れします」と話すのは、長野・松本協立病院医療福祉相談室の羽生浩子さん(SW)。入院することになった失業中の男性 (五〇代)に生活保護申請をすすめたものの、バッシングを気にして「あんな目にあうなら、生活保護は受けたくない」とかたくなに拒否しました。生活保護受 給中の女性患者は「自動販売機で私がジュースを買ってもいいのでしょうか」と聞いてきました。
 小宮山厚労相の発言をきっかけに、法的に根拠のない扶養調査も始まっています。ある女性は以前、何年も音信不通だった父親の扶養照会をされました。その 時は自分の生活で精一杯で余裕はないと連絡しましたが、報道の直後、再び唐突に扶養照会がありました。貯蓄が分かる通帳の写しや収入を示す書類の添付まで 求められました。「無理をしてでも援助しないといけませんか?」とSWに相談が。
 SWの伊藤智道さんは、「車の所有や貯蓄がほとんど認められないなど、現行制度でも自立支援にはほど遠いと痛感しています。それなのに、“生活保護=楽 してもらっている”との印象が広がれば、必要な人がますます受けられなくなる」と危機感を強めています。
 報道の影響で、職員でさえ生活保護の悪いイメージが先行していると感じています。「保護費の正確な金額すら、ほとんど知られていない。国が定める最低限 度の生活の基準を正しく知ってもらうだけでも、報道が偏ったもので、制度改悪では問題は解決しないと分かってもらえる」と、今後は院内で学習を強めること にしています。

強まる就労指導 高松平和病院

 社会保障制度改革推進法案に記された「就労が困難でない者への就労支援」が、法案成立前から現場に影響を与えています。香川・高松平和病院SWの安田準一さんは「就労指導が厳しくなっている」と言います。
 病気を抱えた六〇代の男性は、「軽作業なら就労可」と診断され、毎日ハローワークに通いました。仕事が見つからずに生活保護を申請しましたが、ハロー ワークに通った証明を提出したのに、結果は「就労意欲がない」と却下。市役所は「面接を受けるなど踏み込んだ就職活動ができるはず」と説明しました。「働 けるのに働かないとのイメージを持つ人もいますが、実際には病気を抱え、仕事を探すが見つからない、といった人に“努力が足りない”と言っている」と安田 さんは指摘します。
 市は生活保護の申請書さえなかなか出さなくなりました。八〇代のきょうだいに援助を求めるよう言われ、申請できなかった七〇代男性のケースも。
 「七〇歳で一人暮らしの男性なら、生活保護基準は月六万八九五〇円。もし一〇%カットされたら六万二〇五五円で、水光熱費等を除くと一日一六〇〇円で、 すべてをまかないます。冠婚葬祭にも行けず、きょうだいとも疎遠にならざるを得ない。暮らしの実態を見ていない見直し案に憤りを感じる」。

(民医連新聞 第1530号 2012年8月20日)

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