民医連新聞

2012年5月21日

シリーズ働く人の健康 ~はじめに~ 患者の健康状態を取り巻く“働き方”に目を向けよう

 日々の医療・福祉活動のなかで、私たちは多くの働く人たちと出会います。健康診断で異常があっても定期的に受診できない人、仕事 が原因で病気やけがをした人、出入りの業者や連携機関の人…。そして私たち自身。民医連は「働くひとびとの医療機関」としてスタートし、「生活と労働の視 点」を一貫して重視してきました。いま働く人たちの健康や取り巻く状況はどうなっているのか―。

shinbun_1524_03  「終身雇用、男性中心、正社員という日本型の働き方が崩されてきた一方で、働く人を守ってきた制度は元来の働き方に合わせたまま。その結果、労働者は制度 から漏れ、健康を損なっても保障はなく、仕事を失い、さらに貧困な状態に落ち込んでいく。今ほど働くことと健康が密接に関わっている時はありません」。全 日本民医連理事の田村昭彦医師(九州社会医学研究所)は指摘します。
 一九九〇年代半ばから、正規雇用から非正規雇用への置き換えが進行。「一五~二四歳」という初めて社会に出る年齢層では、男性四九・一%、女性五一・三%と、いずれも半数が非正規雇用です。
 非正規労働者のうち、七割以上が年収二〇〇万円以下という、いわゆるワーキングプアの状態です。同時に正規労働者の低賃金化もすすみ、年収三〇〇万円以 下の正規雇用男性は、一九九七年の一一・三%から二〇〇七年には二〇・三%と、ほぼ倍増しています。
 EUでは労働時間は週四八時間が上限でそれ以上は禁止とされていますが、日本では週六〇時間以上働く二五~四四歳の男性が二割にも。長時間働いても低賃金、低賃金だから長時間働く…という悪循環です(図1)。
shinbun_1524_04 「働き方の悪化が子どもたちに影響し、貧困が引き継がれる事態が進行しています」と田村医師。児童のいる若い世帯ほど低所得化がすすんでいます(図2)。
 田村医師は言います。「例えば胃潰瘍の患者のピロリ菌を除去し、潰瘍をなくし、仕事に戻れます、と医者は言いますが、戻った職場に、胃潰瘍の原因となる 過酷な労働条件があるとしたら? そうした視点なしに患者の健康を守っているといえるでしょうか。民医連が大事にしてきた『労働衛生』とは、労働者の『生 命』と『生活』を『衛(まも)る』ことです」

〈こんな視点からも…〉

小児科から見えた親の働き方

宮崎生協病院

 昨年一一月、宮崎県で開かれた「人間らしく働くための九州セミナー」では、“子どもの貧困 と働き方”がテーマとなりました。現地実行委員長の上野満医師(宮崎生協病院)は、小児科医の立場から「子どもの貧困の背景には親の働き方の厳しさがあ る」と発信。 「私自身、子どもの背景にある親の経済状況まで踏み込めず、見過ごしてきたことが多々ありました。思い知らされたのが、数年にわたり、兄弟 を診察することになったケースでした」と言います。
 上野医師がAさん一家と会ったのは、B君(生後六カ月)が乳児健診で受診した時のこと。体重の標準偏差(SD)値はマイナス三・一(アフリカの飢餓状態 の子と同程度。マイナス二・五で治療が必要な状態)。ミルクを与えるとゴクゴク飲みました。筋力は低下していました。保育園や保健師のフォローがあったた め、病院はそれ以上かかわりませんでした。
 二年後、B君の小学三年生の兄が担任と来院。嘔吐と脱水を繰り返しているが両親と連絡がとれない、とのことでした。当時母親は失業しており、ハローワー クに行く途中で自転車が故障し、立ち往生していたのです。母親は「相談しないとだめだと思っていた…」と話し、生活保護を受給することになりました。その 後、B君の弟が誕生。弟はふっくらと成長しています。「両親はいずれも非正規で、職を転々としていました。子どもへの愛情はあっても、経済的理由でかなわ ない」と上野医師。
 Aさんのケース以外でも、風邪程度の症状で救急外来にくる親たちは「仕事に追われて夜中しか受診できない」場合があることなどに気付きました。上野医師 は「まともに子どもを産み育てることができない働き方が蔓延していると感じる」と話します。一方で小児は急性期での受診が多く、長期的にかかわることがな いなど、「医療者が気付いているのは氷山の一角ではないか」との危機感も。
 セミナー参加者からは、「子どもの貧困は気になっていたが、自分たちの働き方、働かされ方から捉える視点に気づかされた」との感想が寄せられました。
(丸山聡子記者)

(民医連新聞 第1524号 2012年5月21日)

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