民医連新聞

2012年4月2日

3・11 脱原発 全国116カ所で

 東日本大震災から1年の3月11日、震災復興と脱原発を求める集会が全国116カ所で行われました(原発をなくす全国連絡会調べ)。民医連の仲間も県レベル、地域レベルの各種集会に多数参加。分かっているだけで1万人以上にのぼりました。このうち、10カ所を紹介します。
(カッコ内は開催地、集会全体の参加数、民医連の参加数)

福島

(郡山市開成山野球場 16000人・680人)

 全国から脱原発の一点で集結。加藤登紀子さんのコンサート、大江健三郎さんのあいさつがあり、集会後は市内をデモ行進。北海道民医連と浜北医療生協(静岡)も駆けつけ、郡山医療生協とともに事前に組合員センター前でミニ集会を開きました。
 医療生協わたり病院(福島市)の薬剤師、大沢秋恵さん(39)は、小二の長男、五歳の次男と参加。「原発事故から一年。ようやく『ここから逃げなく ちゃ』との焦りを抜け、ここで生きていていいのかな、と思えるようになりました。でも、まだ迷います」と語ります。「一番の被害者は子ども。屋外で遊べ ず、言葉にできないストレスを抱えています。安心して暮らせる環境をつくりたい」。
 桑野協立病院(郡山市)の院内保育所「つくしんぼ保育園」の鹿又智子園長は「全国から新鮮な食材を送っていただき、感謝します。真っ先に子どもたちの給食にしています。除染をすすめ、太陽を浴びて遊べる地域にしたい」と話します。
 北海道民医連からは一四法人二五人が参加。前日には全村避難の飯舘村に残る特別養護老人ホームを見学しました。県連事務局次長の米林寛之さんは「直接見 て、生の声を聞き、学んだことをこれから一〇年、二〇年と続く北海道での震災支援、脱原発運動に活かしたい」と話しました。 (新井健治記者)

東京

(三鷹市井の頭公園 8000人・1270人)

 会場では学生のしゃべり場、防災グッズ販売、放射線測定など各団体の多彩なブース企画が。全日本民医連は保団連と「放射線の健康影響についての医療相談会」を共催しました。
 都内でもホットスポットが見つかり、特に小さな子どもをもつ母親に健康被害への不安が高まっています。相談会は医師七人、問診スタッフ六人が、こうした 不安や悩みに寄り添うことを目的に行い、乳児を抱えた母親らが「湿疹が気になる」「アトピーが悪化した」と次々にブースを訪問。「地元の小児科では『症状 と放射能とは関係ない』と、医師から相手にされなかった。きょうは話を聞いてもらえて、すごく安心しました」などと感想を話していました。
 ステージ企画では、宮城・坂総合病院の矢崎とも子医師が登壇。震災支援への感謝とともに、「国の支援が必要だが補助金があまりに不十分。これでは地域医 療の再生ができない」と訴えました。また、文化行事では東京民医連の青年を中心にサライの替え歌「支援」や朗読劇を披露し、会場を盛り上げました。集会後 は吉祥寺駅へパレードをしました。
 ドイツの環境保護活動家エアハルト・シュルツ氏も、全日本民医連の招待で参加。ドイツの原発撤退への転換を語り、「粘り強い市民運動で脱原発を実現させ よう」と連帯のあいさつをしました。(安丸雄介、全日本民医連事務局)

長野

(諏訪地域、200人)

 一一日は脱原発アクション「今、女たちが原発を止める」を行い、諏訪湖沿岸をアピールウオーク。続いて屋内で「女性の声を聞く集い」を開きました。太陽 光発電で“光合成LIVE”を催す美咲さんの歌声や、浜岡原発廃炉請求静岡訴訟の弁護士と原発事故避難者の訴えがありました。また、原発問題を告発する映 画監督の鎌仲ひとみさんが「私たち一人ひとりが声を出し、行動し続けることが必要」と講演しました。
 前日の一〇日には、二三年前製作のドキュメンタリー映画「あしたが消える―どうして原発?」の上映会と、放射線被害から自主避難した母子の思いを聞き、 三〇〇人以上が集まりました。脱原発と再生可能エネルギーはセットで考え、学習して世の中を変えていかなければ、と痛感しました。(村田洋一通信員、南信 勤医協・事務)

和歌山

(和歌山城西の丸広場 2500人・230人)

 和歌山中央医療生協、和歌山民医連、和歌山民医労で実行委員会を組織、三〇〇円の参加協力券(被災地に寄付)で参加を呼びかけました。職員、組合員は青 のはっぴを着て、仙台七夕風のまといを掲げて行進。福島から和歌山に避難している住民が思いを訴え、一五〇〇人で「原発ゼロ」の人文字も作りました。 (「和歌山中央医療生協ニュース」より)

群馬

(高崎市城址公園 2500人・305人)

 「原発はいらない。被災者の苦悩に寄り添う」の一点で開催。原発からの完全撤退を求める集会宣言を採択し、市街地をパレードしました。利根沼田地域から 約一〇〇人が集まりました。全体では二五〇〇人と、県民八〇〇人に一人が参加。この一年間で県内最大規模の集会になりました。(「利根社保委員会ニュー ス」より)

大阪

(大阪市北区扇町公園 8000人・400人以上)

 ベビーカーに風船をくくりつけた親子連れ、「放射能から子どもを守らな」と手書きボードを掲げた人、手作りのはっぴ姿の夫婦など思い思いにアピール。宮 本憲一大阪市立大学名誉教授が「集会を原発ゼロ、新しいエネルギー政策をつくる大きな一歩に」と訴え。福島県南相馬市の農家、三浦広志さんが「時間がか かっても福島を再生させたい」と表明、大きな拍手がわきました。
 「各自治体は原発の廃炉と自然エネルギー推進に全力をあげよ、関西電力は大飯原発三・四号機を再稼働するな、関西電力は若狭湾の原発をすべて廃炉にせ よ」と決議。パレードで「原発のない社会を実現しよう」「東電は原発被害者に全面補償せよ」などとアピールしました。(後みつる、大阪民医連・事務)

静岡

(JR浜松駅前 200人・29人)

 「世界一危険」と言われる浜岡原発のある静岡県。浜松市中区では震災追悼集会を開きました。犠牲者に黙祷をささげ、浜岡原発の永久停止・廃炉の署名を集めました。
 一〇日には、県西部地域看護研究会で浜松医科大学の看護師が東海地震の被害想定について発表。「阪神大震災の四倍と激しい揺れが一分、津波は五分で第一 波が到達する」と話しました。浜岡原発をなくすこと、自分たちの地域をどう守るかなど、一人ひとりが考えるべきです。(坂本宏美、浜松佐藤町診療所・看護 師)

福井

(敦賀市プラザ萬象 1200人・224人)

 一五基と全国最多の原発を抱える福井県で、一〇〇〇人規模の集会は初めて。原発関連の仕事に就く県民は多く、公然と反対することはなかなかできませんで したが、福島の原発事故で空気が変わりつつあります。民医連は脱原発のお面をかぶって参加。お面は福井県医療生協の小規模多機能介護施設しんじょういこい の利用者が、「私たちは集会に行けないから」と参加者に託したものです。
 県連は事故を機に、制度教育に原発問題を加えました。地元の原発を視察し、平野治和会長(光陽生協病院院長)の講義を受けます。県連教育委員の平澤公さ ん(同院事務長)は「大事にしているのは職員が事実を知り、個人としての意思をもってもらうこと」と話します。学習をきっかけに、集会に若い職員が参加し ました。
 また、昨年七月から毎月一一日、原発問題住民運動県連絡会のデモ行進に参加しています。「街頭の反応は悪くない。カンパをしてくれる人もいます」と福井 県医療生協組合員の田村実さん。福井市には原発がなく、原発銀座と呼ばれる敦賀など嶺南地域とは住民意識にも違いが。敦賀市の事業所職員は「『脱原発』を 言っても風当たりはあまり感じませんが、署名をもらうのは難しい」と指摘します。参加者は「電気を多く使う医療機関では、再生可能エネルギーに切り替えて いくべき」と話していました。(矢作史考記者)

青森

(青森市文化会館 1700人以上・350人以上)

 原子力関連施設が集中する青森県。「たくさんのオファーがあったが、日本で一番危険な青森に来ると決めていた」と切り出したのは俳優の山本太郎さん。 「原発について考え、一〇人に語りましょう。仲間を増やし、アイディアを出し合い、金にまみれた人をリコールしよう」と語ると、大きな拍手が。弘前市出身 のルポライター鎌田慧さんは「声を上げないことは罪。それは原発・核燃を推進しているのと同じ」と警鐘を鳴らしました。
 黙祷後、雪が残る青森市内を元気にウオーク。「脱げんぱーつ」と声を上げながら、県庁を包囲しました。全員で「ふるさと」を合唱し、核のないクリーンな郷土を願う想いをアピールしました。
 これまでの集会は正直“いつもの顔ぶれ”でしたが、今回はたくさんの参加者で仲間を探すのに苦労するほど。脱原発・脱核燃の一点で多くの人々と手を携 え、大きなうねりをつくり出せました。(中嶋香織、青森民医連・事務)

佐賀

(玄海町民会館 650人・105人)

 玄海原発のある玄海町の集会には、佐賀県医療生協からも多数参加。映画評論家の西村雄一郎さんが、作品を通じて反核の思想を示した黒澤明について講演。 映画「チェルノブイリの今~フクシマへの教訓」の上映や、「健康と被曝」、「太陽光発電」「自主避難者のヤングママを囲むバーベキュー」など六分科会があ りました。甲状腺がんで苦しむチェルノブイリ原発周辺住民の実態に、福島も玄海も他人事ではないと感じました。
 続いて、玄海原発対策住民会議副会長の仲秋喜道さん、佐賀大学准教授の染谷孝さん、九州自然エネルギー推進ネット理事長の小坂正則さんがトークセッショ ン。参加者は脱原発と自然エネルギーで生きていこうと確認しました。当医療生協は、会場で健康チェックをして参加者に喜ばれました。(坂本俊一郎、佐賀県 医療生協・事務)

(民医連新聞 第1521号 2012年4月2日)

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