医療・福祉関係者のみなさま

2011年7月18日

相談室日誌 連載331 阪神大震災以来崩れた自宅で暮らして 加藤理美(兵庫)

Aさんは六〇代の独居男性です。九五年の阪神大震災で自宅がほぼ全壊しました。電気屋を営んでおり、震災後は被災者の支援もしていました。そんなAさん は壊れたままの自宅で生活保護を受給しながら、暮らしていました。復興住宅も申し込みましたが手続きが遅れ、入居できませんでした。四~五年前に右大腿骨 を骨折してから、生活はますます困難に。床が崩れているため、不自由な歩行ではトイレや台所に入れません。排泄は新聞紙や缶へ、調理はカセットコンロで行 う有様でした。あまり動けず、栄養も不足したため、褥瘡が悪化。その治療目的で当院に入院し相談室につながりました。
 入院中は褥瘡の治療と同時にリハビリも行い、支えがあれば伝い歩きできるほどに回復しました。しかし自宅がそのままでは、退院後にまた以前の状態に戻る 心配があり、市営住宅への入居をすすめましたが、本人は自宅に帰ることを希望。ならばと自宅の修繕も考えましたが、家の強度の問題で、改修できるかは不明 でした。
 退院に向けて開いたカンファレンスでもヘルパーから「全壊の家の訪問は怖い」と意見が出ました。退院先が決まらず行き詰まる中「なぁなぁ、なんで家に帰 してくれへんの? 今までいろんなもの失ってきて、また家も失わなあかんの? あの家で生活したいねん」とAさんが訴えます。
 その一言が決め手で、スタッフも動き始めました。住宅を改修して床を補強、神戸市独自の制度で土間に昇降機も設置しました。一人で通院・外出ができるよ うになり、病院で会うたびに、「家はええで~」と笑顔です。
 一見、誰もが「ここに住み続けるの?」と、思うような家でしたが、それでも「この家だけは失いたくない」という思いが、Aさんを支援する私たちを動かし たように思います。新しい家で生活してもらうことは簡単ですが、「ここで生きたい」と思う気持ちに寄り添い、援助することの大切さを感じました。
 周囲の援助や生活環境も大切ですが、患者さんがどうしたいのか…。そこに耳を傾け、援助できるよう努めたいと思います。

(民医連新聞 第1504号 2011年7月18日)

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