医療・福祉関係者のみなさま

2011年6月6日

ウチらの患者さんが声あげた ほっとけやん! ―和歌山民医連 使う者が声をあげんと、制度は良くならん ALSの介護訴訟ささえて

 和歌山市のALS(筋萎縮性側索硬化症)患者二人が「二四時間の介護時間を保障してほしい」と同市に対し訴訟を起こしました。こ うした裁判は全国でも初めて。病気が進行し、動くことはおろか、話すことも難しい患者たちのたたかいをささえるのは、地元の民医連職員です。(木下直子記 者)

 原告の一人、山田正さん(仮名・74)を訪ねました。ベッドの山田さんには人工呼 吸器がついていました。ALSは、全身の筋力が失われてゆく神経難病です。発症して五年になる山田さんも、自力呼吸ができません。胃ろうでの栄養管理、体 位交換、オムツ交換、痰を吸引するといったケアがまさしく命綱。とくに吸痰は、三〇分に数回の頻度で必要です。
 要介護5、身体障害者手帳一級の山田さんの介護は、介護保険と障害者自立支援法(「重度訪問介護」)がカバーしています。介護保険サービスでは支給限度 額がありますが、自立支援法の介護量(時間)は、自治体の判断で決定します。それが問題でした。
 和歌山市からは、一日約八時間(月二六八時間)と決定されました。介護保険サービスとあわせ、公的に保障された介護時間は一日約一二時間です。山田さん が在宅療養を始めた時、市が決めた介護量は一日約四時間強でした。変更申請で一日約六時間弱に、さらに変更を求め、〇七年にいまの介護量になってからは、 増やしてもらえないのです。

介護が足りない

 山田さんの介護は、ヘルパーとともに、七三歳の奥さんが小柄な体を精一杯使ってお こなっています。夜間も、普段着のまま、小さな布団をかけて隣室で休み、異変や吸痰に対応します。「人工呼吸器のホースの音に雑音が出ると、痰が溜まった 証拠。寝てても目が覚めるんよ。三時、四時の時間帯に多いね」と奥さん。
 「介護者は七〇代、持病もある。これは続かない」。山田さんを担当する和歌山生協病院・在宅総合ケアセンターでは、懸念しました。
 実際、山田さんの介護は、一二時間の訪問では足りず、見かねたヘルパー数人が半日分はボランティアを買って出て、二四時間つなぐようになっていました。

行き場のない患者

 同センター事務長の森田隆司さんが調べると、和歌山市ではこれまで、人工呼吸器の人に一日約八時間(月二六八時間)以上の介護量が保障されたことがありませんでした。制度上はないはずの上限が、和歌山市には存在したのです。
 市への要請では進展が望めず、患者は和歌山県に、決定された介護量が適当かどうかを審査請求しました。県も「市は決定を取り消すべき」としました。とこ ろが市は従いません。家族には八時間の休息で十分。介護が負担なら、入院すればいい、との理由です。
 「では市がいうように入院できるかというと、ALS患者が入れる病床は、県内に六床、和歌山市の医療圏ではゼロでした」と、森田さん。「県内のALS患 者は約一〇〇人です。在宅療養が厳しくても入院の選択肢はほぼない」。
 森田さんは、それまで出会ったALS患者さんたちの姿を思い浮かべました。延命を望まなかった人、胃ろうの設置も拒んだ人…。
 「僕らはこの患者の人生を十分援助できたのか?」という悔しさや心残りもよみがえりました。
 「裁判になるとは思わんかった。でも制度は使う者が声をあげんと良くならん、黙っていては“尻すぼみ”や。ほかの自治体には、二四時間の介護を保障して いるケースもある」。患者さんや家族とたたかおう、と決めました。
 そして二〇一〇年九月、患者二人が和歌山市を提訴。もう一人の原告も民医連の患者さんです。
 和歌山はALSと縁の深い土地。患者数も全国平均の一・五~二倍、昔は県南の地名にちなみ「牟婁(むろう)病」と呼ばれました。声が出せない多くの患者 仲間のためにもたたかう、と原告たちは考えています。
 山田さんの主治医・本田明生さん(和歌山生協病院)も「患者さんの意思は最大限尊重したい。『制度がここまでだから、残念ですが…』と、患者さんにあき らめてもらうのではなく、『じゃあ制度を変えませんか』と言えるのが、民医連の強み」と、話します。

 全国初の裁判として、報道もされました。親族への配慮で、実名は伏せていますが、奥さんは取材を受け、会見でも訴えてきました。「難しい病気になって、 命がいつどうなるか分からないお父さんには、できるだけのことをしたい。家族は精一杯がんばる、和歌山市にも『少し助けて』という気持ち。命を助ける以上 に大事な仕事が、そんなたくさんあるもんやろか? とも思うんです」。
 帰りがけ「また来ます」と正さんに声をかけると、大きなまばたきを二度、返してくれました。

(民医連新聞 第1501号 2011年6月6日)

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