民医連新聞

2007年4月16日

能登半島地震で 職員が連日の支援 輪島診療所を拠点に活動 訪問で被災住民を励ます

 三月二五日の午前九時四二分、能登半島沖で震度6強の大地震が発生し、石川県輪島市を中心に大きな被害を出しました。直後に開始した民医連の支援 活動は、被災者を励ましています。全国から協力を受け、輪島診療所では、避難所や友の会会員さん宅を全戸訪問しています。震災四日後の三月二九日の様子で す。(横山 健記者)

 地震直後、輪島診療所の職員は被災した自宅をそのままに、診療所にかけつけました。すぐに診療体制を整えて、在宅患者さんの安否確認を電話で行いました。外来には、ストーブに置いたヤカンでやけどした人が数人来ました。

心のささえも担っている

 地震の直後から金沢・城北病院、翌日には福井、富山、新潟民医連などから職員が毎日駆けつけました。この日も石川と富山から支援の職員がやって来ました。濱茂夫事務長から状況を聞き、奥能登健康友の会事務局長の矢沢幸恵さんが配った地図を持って、友の会員さん宅へ。
 診療所周辺は、倒壊した家が少なく、一見すると被害を免れたかのようでした。しかし家の中では、天井や壁が崩れ、窓ガラスは割れ、ベニヤ板が張られていました。柱を角材で補強している家もあります。
 高齢者世帯がとても多い地域です。タンスが倒れていても「もう使わない部屋は、そのまま」という人もいました。
 「あれから眠れず、体重が五キロも減った。車が通る振動でも血圧が上がる」と語った人の家は、納屋が完全に崩れていました。「これからお金がかかる。せ めて医療費を一割に戻してほしい」と力なく話しました。会員さんから、「となりの人も聞いてあげて」と紹介された人は「不安で誰かに話を聞いてもらいた かった」と、涙ぐんで喜びました。
 別の地域を訪問したチームでは「女性が体調不良を訴えている」と診療所に電話。地域医療研修に来ていた研修医の武石大輔医師が往診に向かいました。
 金沢から支援に来た城北病院の木村創史さん(理学療法士)は、「僕でも話を聞いてあげることならできました。訪問先で『来てくれて安心した。ありがと う』と言われ、民医連は地域で医療だけではなく、『心のささえ』も担っていることを実感しました」と。

被災者を安心させること

 診療所は、市から二カ所の避難所の健診を要請されています。
 この日、山本悟医師が避難所を回診。血圧を測りながら「薬は飲んどる? 夜は眠れとる? おにぎりとみそ汁という食事が増えるけぇ、塩分に注意せんとね」と明るく話しかけました。
  避難の際に薬を紛失したり、環境が変わって飲み忘れる人もいます。「とくに慢性疾患の患者さんのケアが重要。主治医ではない私にできるのは、ストレスや不 安を減らすため、笑顔で明るく話しかけること」、山本医師の人を安心させる雰囲気は、地域班会や医療講演会で培われたそうです。

*   *

 全日本民医連と石川民医連、輪島診療所は、石川県庁と輪島市役所を訪問。計二五〇万円の義援金を贈りました。輪島市では市長から被害の現状を聞きまし た。また、県と市に医療ニーズの高い患者の把握、住宅再建支援制度の創設など、生活支援に関する要望書を出しました。
 地域訪問して分かったことは、求められたのは、医師の回診とともに地域に寄り添って被災者の話を聞くことでした。片づけの手伝いや歯科検診も一段落し、今後は避難所への医療支援を中心に行う予定です。
 困難な時こそ民医連が輝く。その医療活動を強く感じました。


 

能登半島沖地震支援募金

銀行名:中央労働金庫本店営業部

口座番号:普通 2225895

口座名:全日本民主医療機関連合会
      能登半島沖地震支援募金
      代表者 長瀬 文雄

(民医連新聞 第1402号 2007年4月16日)

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