民医連新聞

2006年11月20日

相談室日誌 連載229 ベッドもリハビリもなくなって 中谷 昭二

冬の季語でもある「神無月(かんなづき)」。出雲地方では、これを「神在月(かみありづき)」と呼んでいます。全国の神々がここ出雲に集まり、今年はどんな話し合いをなさるのでしょう。
 Aさん(七〇代・女性)は、二年前の正月、脳梗塞で左半身に麻痺を残す体になりました。もともと手に職を持ち、かつ自立心の強い人でしたので、容易に諦 めませんでした。その結果、なんとか左足に装具を付け、杖をついてゆっくり歩くまでに回復しました。
 退院するにあたり、要介護1の認定を受け、病院のリハビリスタッフらとともに事前訪問を行いました。生活の中心となるベッドの位置を決め、トイレを洋式 に変え、お風呂も入りやすくする改修計画を立てました。そして入院から半年後、無事退院。その後週二回、近くの病院に通いながらリハビリを続け、目標にし ていた台所仕事もほんの少しずつできるようになりました。
 しかし、病状は常に波があり、「左腕が鉛をぶら下げているように重い」と、腕をさすりながら訴えます。それでも最近では、「物事をマイナスには考えないこと」と書き、苦しいときにはそれを見ているそうです。
 ところが、今年の四月、国は社会保障費の抑制策を断行し、矛盾した現実がマスコミ等において取り上げられています。Aさんも例外ではありません。一〇月 から要介護1のためベッドがレンタルできなくなり、同時に「効果が明らかではない」という理由で、外来でのリハビリが続けられなくなりました。そして、追 い打ちをかけるように、一一月から新たな認定通知「要支援2」が来ました。
 今年の夏、出雲地方は水害に見舞われ、長年積み上げてきたものが、一瞬にして壊れてしまう弱さを見せつけられました。Aさんもまた、病で人生が一変し、 それでも周囲の人にささえられ、徐々に新たな生活を歩み始めたところに、改正にその足元をすくわれました。
 「要支援2」を素直に喜べない現実。今そうしたやり場のない思いをしている人たちが、大勢いるのではないでしょうか。「人生の転機」に立ち会う仕事の重 みを実感し、少しでも手助けができるよう、声を上げなければなりません。

(民医連新聞 第1392号 2006年11月20日)

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