特集1 来年4月から 後期 高齢者医療制度って? 75歳以上全員から保険料徴収し医療は制限
「後期高齢者医療制度」が来年四月から導入されようとしています。「知らない」「そもそも後期高齢者って何?」という人も多いこの制度、どんな中身なのでしょう。(多田重正記者)
後期高齢者医療制度はこんな制度
(1)保険料を75歳以上全員から徴収 |
後期高齢者医療制度は、七五歳以上が入る医療保険制度です。現在加入している公的医療保険から、強制的に移されます(生活保護受給者をのぞく)。障害者や寝たきりの人、人工透析患者は六五歳以上から対象になります。
なぜわざわざ新しい制度をつくるのか。見えてくるのは、(1)高齢者から確実により多くの保険料をとる、(2)高齢者の医療を制限して、入院や長期療養 を抑える、(3)保険料が払えなければ、保険証も奪うという高齢者に過酷な中身です。
保険料を年金から天引き
第一に、保険料です。厚生労働省の試算では年金収入二一〇万円のひとり暮らしで、月平均六二〇〇円(年七万四四〇〇円)。年収が多ければもっと高くなり ます。県ごとに差があり、福岡県では二割増しの試算も。高齢者のひとり暮らし世帯では年収二〇〇万円以下が七割、二五〇万円以下が八割(図1)。女性では いっそう低く、保険料が生活を破壊しかねません。
図1 高齢単身者の7割が年間収入200万円以下 |
さらに月一万五〇〇〇円以上の年金受給者は保険料が天引きされます。保険料が月六二〇〇円なら、介護保険料とあわせて一万円以上引かれることに。
これまで保険料負担がなかった扶養家族にも新たに保険料が。世帯ごとだった保険料徴収が個人ごとへと変わるからです。後期高齢者一三〇〇万人のうち、扶 養家族は二〇〇万人です。年金受給者(年収七九万円)で子ども(年収三九〇万円、政府管掌健康保険)の扶養家族だと、月平均三一〇〇円(最初の二年間は一 五〇〇円)という試算です。
夫・七六歳で健康保険本人、妻は七四歳で扶養家族のケースではどうなるか。夫は後期高齢者医療制度に加入。すると七五歳未満の妻は国保に強制加入となり、新たに保険料が徴収されます。
保険料は市町村が徴収し、都道府県ごとにつくる「広域連合」に集められます。広域連合は一般財源がなく、自治体の一般財源を減免にあてることも禁止。保 険財政が赤字になると国の交付金が減らされる場合も。広域連合の会議は半年に一回程度で、保険料値下げなどの住民の声が伝わらないことも危惧されます。
今回の制度導入にあわせ、さらにとんでもないことが。六五歳~七四歳の年金生活者も国保料が年金から天引きに。七〇歳~七四歳の患者負担が一割から二割、「現役並み所得者」は三割になります。
第二に、厚労省は診療報酬の「包括払い」で高齢者の医療を差別し、制限することを検討しています。診療報酬とは病院や診療所などでおこなう医療に対する 医療保険上の支払い額。「何をやっても同じ額」というのが包括払いで、病院や診療所から見れば検査、処置などをやればやるほど赤字になります。
深刻なのは長期の治療が必要な慢性疾患です。高齢者に多く、「包括払い」になれば病院から敬遠されかねません。とくに入院はいまでも病院経営は赤字。高齢患者の入院はますます困難になります。
二〇〇五年、「終末期の適切な評価」とは何かと聞かれて厚労省の医療課長は「家で死ねっていうこと」「病院に連れてくるな」と語っています。入院患者を 追い出せば、医療費は安くすむはずだという考えが現れています。
将来は人工透析や、糖尿病のインシュリン注射などが制限される可能性も。
全国腎臓病患者協議会は、高齢者の透析の受け入れ先がなくなり、透析医療が危機に陥るのでないかと懸念を強めています。透析患者にとって透析は命綱です。
年齢で医療に差別を持ち込む制度は、世界にも例がありません。
保険証の取り上げも
第三に、国保では七〇歳以上には禁止されてきた資格証明書が発行されるようになります。一年間保険料を滞納すれば、資格書や短期保険証に。しかし、わず かな年金から保険料を払うことはたいへんです。国民年金は四〇年間おさめ続けた人でも月六万六〇〇〇円にしかなりません。受給額は平均で四万円台。年金保 険料の支払いが受給資格が発生する二五年間に及ばず無年金、という人も六〇万人から七〇万人もいるといわれています。
資格証明書を発行されると、保険が効かなくなり、いったん全額自費で払う必要があります。病気で医療機関にかかる→医療費がかかって保険料が払えない→ 資格書を出されてさらに医療が遠のくという悪循環を生みます。
昨年一二月三日放送のNHKスペシャル「もう医者にかかれない」でも、厚労省の国保を担当する課長補佐が「(国保制度は)負担した人にだけ給付がある」 「一銭も払えない人は対象にしていない」などと豪語しましたが、これと同じことが高齢者に持ち込まれようとしています。
さらに国保組合・健保組合に健診が義務づけられる一方、自治体の基本健診はなくなり、七五歳以上は健診からはずされる予定です。後期高齢者には健診はムダだという考えです。
社会保障制度が低所得者を排除
表2 主な医療制度の推移
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政府が「持続」したいのは
「所得の再分配を目的とする社会保障制度が逆に貧困を生み、低所得者を排除する。こんな本末転倒な制度をなぜ導入するのか。ねらいは国の医療費負担を減らし、企業の医療費負担も減らすことです」と話すのは、中央社会保障推進協議会の相野谷安孝事務局次長です。
政府は一九八〇年代の「臨調行革」の時代から一貫して、「社会保障に国のお金を使わない」政策をすすめてきました(表2)。八四年には国民健康保険の国 庫負担を総医療費の四五%から三八・五%に。九七年には健康保険本人の患者負担を一割から二割にし、〇三年には「国保も三割だから」と三割にしました。高 齢者医療も七〇歳以上は無料から定額制にし(八三年)、定額制から完全定率化(〇二年)しました。
財界も〇三年に経団連が「活力と魅力溢れる日本をめざして」を発表。社会保険料負担は「本来、個人が全額負担するところを事業主が肩代わりしているもの」で、全額個人が負担すべきだと主張。
一方で「政府は社会保障制度をなくしたいと思っているわけではありません」と相野谷さんは指摘します。
「政府は『高齢化社会を迎えるから、社会保障財政はたいへんだ。だから持続可能な制度にするために国民に負担をお願いするんだ』といいつづけてきまし た。しかし実際はお金をとることには熱心なのに、国民への見返りにはほとんど無関心なのです。そのホンネは『消えた年金』問題に見事に現れました」。国が 本当に関心を持っているのは、お金を取り続ける制度を「持続」させることなのです。
“コスト意識”あおる政府
図2 消費税は法人減税の穴埋めに |
これまでの医療改悪で用いられたのが「高齢者が医療費を使うから国や医療保険の財 政がたいへん」などの、世代間の対立をあおる手法です。後期高齢者医療制度でも「現役」世代には、たとえば給与明細などに、自分が加入する医療保険に入る 保険料と、高齢者医療制度に支出される保険料(支援費)を明記します。「こんなに高齢者にお金を使っているのか」という“コスト意識”を持たせるのです。
しかし対立をあおる方法は限界にきています。政府は「医療機関が儲けすぎるから、医療保険財政がたいへんなんだ」と国民に不信感を植えつけることで診療 報酬を削った結果、医師の労働はいっそう過酷となり、産科や小児科、内科までもが地域から消える“医療崩壊”を招きました。高齢者の負担を増やしても、 「現役」世代にとって高齢者は将来の我が身です。
結局、小泉・安倍政権とつづく社会保障改悪が浮き彫りにしたのは、国や大企業の負担だけが軽くなったという現実。「福祉のため」の消費税は、法人税の軽減などに消えただけでした(図2)。
医療・介護から「軽症」「軽度」を排除するという考えも持ち込まれ、療養病床の削減(三八万床から一五万床に)、リハビリの日数制限、介護保険の軽度者 からの車いす・電動ベッドとりあげなどがおこなわれました(〇六年)。そして将来、風邪などの「軽い」病気を医療保険からはずすことも検討されています。
“医療を『商品』にするな”
全日本民医連は、四月二〇日、声明を発表。「医療をお金のある人が買える『商品』にしてはならない」と後期高齢者医療制度の撤回を求めています。世界で も少ない医療費への国庫負担を引き上げることこそ必要(図3)。昨年通された医療改革関連法では、後期高齢者医療制度や七〇~七四歳の医療費負担増、療養 病床削減などで国や企業の医療費負担を八兆円削減することが目的ですが、企業の公的負担は先進諸国の中でも低く(図4)、これをヨーロッパ並みにするだけ でストップできます。
「まだまだ知られていない後期高齢者制度を多くの人に知らせることが大事だ」と相野谷さんは強調します。対立ではなく手をとりあって、いっしょに社会を 変えることが必要です。その手始めが参議院選挙です。 イラスト・高村忠範
図3 OECD加盟国・医療費のGDP比 (2004年、速報値、一部2003年含む) |
図4 企業の公的負担、日本は少ない(対GDP比) |
いつでも元気 2007.8 No.190